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2021年11月01日

一般質問R1.9➉

原子力総合防災訓練について伺います。

今回は美浜のサイトで放射能漏れを起こしたという想定の避難訓練で、初めて嶺北の市町住民が訓練参加しました。越前市に多くおられる外国人への情報伝達など、これまでの議論でいくつかの課題が話し合われましたが、私からもいくつか質問させていただきます。

まず、住民避難訓練ですが、参加者は、それぞれにバスや乗用車などでスクリーニング場所に行き、さらに、指定された避難所まで行きました。
参加した人たちの感想で「バスに乗って帰ってくるだけ。」という声が聞こえます。きっと、スクリーニング会場で「汚染なし」とされ、その場を通過した車に乗っておられたのでしょう。確かにそれでは、休日の時間を割いて参加したことに見合う参加満足度としては低いです。「県の訓練に付き合っただけ」「形だけの訓練」といった厳しい意見もあります。

次のような提言もあります。
「行政側の動きの確認として「スクリーニング通過のバス」があったり「除染するバス」があったり「住民がバスから降りで除染されるケース」があったりするわけだが、参加住民からすれば『除染の必要のあるバス』に乗った方々は、除染まで体感できるので意義はある。でも、除染なしでスルーされるバスに『住民』が乗っている意味は無いと思う。『空荷』で車を出すだけで充分だ。」
「スクリーニング会場で除染されない地域の方は、自分の地区の公民館や体育館などで移動先を説明の上『スクリーニング会場に行って、除染を受けているつもり』で多くの方々にスクリーニングを体感してもらう方がいい。」
そうすれば、住民の皆さんにも参加意識を持っていただける訓練が出来るのではないかというものです。

前回の定例会で、県民スポーツ祭の開会式に関し、「参加者は開会式のエキストラではない」と述べましたが、今回も同じことです。参加住民は、訓練を形作るためのエキストラではありません。

⑩ 参加された方々は、何を訓練することになるのか、参加者の立場で訓練内容を確認し、役割設定すべきと思いますがご所見を伺います。

一般質問R1.9⑪

次に、サイトが地震で壊れ放射能漏れした設定ですが、その地震の想定が「震度6弱」であったことに驚きました。
震度6弱以上の地震は、データのように、この10年間に29回起きています。平成元年からは58回。年に2~3回出現する震度です。ですから、原発が震度6程度で放射能漏れを起こしてくれたのでは困ります。
美浜原発の基準地震動は993ガルです。ガルという加速度の単位と震度の関係は分かりづらいのですが、震度6弱は300~400ガル程度ではないでしょうか。

もし993ガルまで耐えられる原発が壊れてしまうとしたら、周辺の地震被害も相当なものだと思われます。倒壊家屋から人を救出しなくてはならなかったり、道路がひび割れたり、土砂崩れが起きたりするでしょうから、半島の先まで救出に向かえるのか、スクリーニング場所にスタッフや自衛隊は揃うのか、様々な困難が考えられます。
だから、もしそういう支障が生じない「震度6弱」に事故想定したのだとしたら、そもそも、「原発事故からの避難は形にならない」ということになろうかと思います。

⑪ 訓練想定をどうして「震度6弱」にしたのか、その理由をお聞かせください。

一般質問R1.6①

細川かをりです。

杉本知事と初めてお目にかかったのは、福井豪雨翌年の平成17年、当時の山古志村村長やジャーナリストの柳田邦男氏をお招きして行った「災害ボランティア全国フォーラム㏌ふくい」のイベント会場でした。災害ボランティア活動を所管した総務部長が杉本さんだったのですが、私はお顔を見て、「え!こんなお若い方が部長さんだったのですか!?」と思わず不躾なことを言ってしまったのもので、14年前の事ですが、鮮明に覚えています。失礼いたしました。
官民協働、現場主義のあの活動を経験された杉本知事には、防災や徹底現場主義というマネジメントなど、たいへん期待をしています。

では、火災に関し伺います。
先月20日、永平寺町豊島繊維での火災で、工場8棟のうち3棟と事務所が焼失し、4名の方が亡くなりました。心より御冥福をお祈り申し上げます。
火災原因の特定はまだですが、火の回りがとても速かったこと、工場内にはスプリンクラーがなく、工場間や出入り口のシャッターが作動しなかったこと、あるいは、「消防からこれまで特別に指導はされてなかったと記憶している」と工場側が述べているといったことが新聞で報道されています。ちなみにシャッターは、防火シャッターではなく、製品を外気から守るためのものだったと聞いています。

消防法では、「ガソリン、エーテル、シンナー、石油、アルコール類」といった火災の危険性の高い物質を「危険物」としており、指定数量以上の貯蔵や取扱いを厳密に定め、厳しいチェックを受けています。
他方、「綿花、木を細く切った木毛、カンナくず、ぼろ、紙くず、糸、わら」などは、200㎏とか1000㎏といった指定数量以上の場合「指定可燃物」とされ、さらにその1000倍と言った大量な貯蔵取扱量の場合には屋内消火栓を設けなければならないなどの規制がありますが、「危険物」のように厳密ではありません。
今回の繊維工場は、指定可燃物に分類されるのかどうかの調査中とのことです。
福井は繊維工場がたくさんありますが、近年は昔の太い糸と違って極細の糸の製品開発が進み、多く使われるようになってきています。この工場で作り出されている糸も、肌触り良く、超軽量の織物になる0.01ミリの超軽量の糸です。糸の重さ当たりの表面積が普通の糸の10倍、100倍、もしかしたらそれ以上と広いので、空気接触が格段に多いものです。引火点が高くても、いったん火が付いたら「指定可燃物」どころか「危険物並み」に燃え広がるのが早く、止められません。加工途中の仕掛かりだけでも火の回りが早いということです。
こうした最新のマイクロ繊維や高密度織物に対する危険性の認識が、工場や規制側にあるでしょうか。現代は様々な新しい材料が出てきていますが、私は法や規制がそれに追い付いていないと考えます。

① そこで、このマイクロ繊維のように、従来の「指定可燃物」よりも格段に「危険物」に近い「新しい可燃物」に関し、県や国が「調査・研究」し、「規制を見直すこと」を求めます。元消防庁の防災部長であった杉本知事に、ご所見を伺います。

一般質問R1.6②

6月18日には、新潟・山形を最大震度6強の地震が襲いました。新潟県村上市では、半壊が23棟、一部損壊が553棟にも上りましたが、それでも国の被災者生活再建支援法の適応条件を満たさず、今のところ新潟県でも支出見込みがないそうです。そこで、市が独自に屋根瓦修理最大40万円の支援を決めたという状況です。
私は、故長島忠美山古志村村長らと共に設立した「全国災害ボランティア議員連盟」の事務局長をしていますが、新潟の会員仲間は、「今回も取り残される被災者が出た」と嘆いています。
「国の被災者生活再建支援法の主旨は、『被災市町村や被災都道府県が単独では対応できないような著しい被害を及ぼす災害』が発生した場合に支援する制度だ」と内閣府は申します。つまり、国の基準が満たされないと言うのは「支援しなくていい」ということではなく、「都道府県、市町村で支援を考えてね」ということです。
「国が出さないから『地方として支援しない』ということではないので、必要ならば必要な分、地域で頑張って。」と彼らを励ましているところです。加えて、福井豪雨災害の折に福井県が行った「国の制度に上乗せして、全壊最大400万円、半壊200万円、床上浸水50万円の被災者生活再建補助金を出した事例を紹介しています。
しかしながら県は、平成24年の越前市東部集中豪雨被害には補助金セロ、平成25年の台風第18号の際には、半壊家屋に対し20万円、床上浸水には10万円の補助金です。
被災者にとっては、同じ半壊、床上浸水といった被害であるのに、県の補助金の額がバラバラです。県の担当課は「災害ごと、その都度考える」と言いますが、県外の議員からは「金額がその都度違うと不公平ではないか」と指摘されています。

内閣府によりますと、一年前の時点で、福島県・栃木県・愛知県・島根県など18の都道府県が「同一災害・同一支援」の独自支援制度を創設しています。

② 福井県は先に述べたように被災者生活再建の支援実績がありますが、「災害ごとに支援を考える」「金額にばらつきのある支援」ではなく、条例・制度を整え、「同程度の被害は同程度の支援金が支払われる」とし、少しでも被災者の目途・安心感につながるようにすべきではないでしょうか。知事の考えをお聞かせください。

2017年09月28日

再稼働反対の討論②

二つ目は、武力攻撃に対する防御問題です。
北朝鮮情勢が日々緊迫の度合いを増しています。先月末にはJアラートが北海道から新潟県、長野県まで1都11県で鳴り響きました。Jアラートは「北朝鮮から発射された弾道ミサイルが日本に飛来する可能性がある」として鳴らされたものです。
それならば、原発はどう防御されるのか、もし原発に着弾したらどうなるのか、不測の事態が起きたら県民にどのような影響があり、どう対応するのか明らかにし、説明すべきです。
たとえば、1981年にイスラエルがイラクの研究用原子炉施設を爆撃しましたが、それを受け外務省は1984年、「日本国内の原発が攻撃を受けた場合の被害予測を日本国際問題研究所に委託しています。その報告書によると
(1)送電線や原発内の電気系統を破壊され、全電源を喪失した場合
(2)格納容器が大型爆弾で爆撃され、全電源や冷却機能を喪失した場合
(3)命中精度の高い誘導型爆弾で格納容器だけでなく原子炉自体が破壊された場合
の3段階に分け、二つ目のケースについて試算、放射性物質の放出量は福島事故の100倍以上大きく想定され算出されています。特定の原発想定ではありませんが、緊急避難しなければ3600人、最大1万8千人が急性死亡、住めなくなる地域は平均で周囲30キロ圏内、最大で87キロ圏内としています。原子炉爆破の場合は「さらに過酷な事態になる恐れが大きい」とのことです。
今日の脅威はミサイルであり核弾頭であり、電磁パルス攻撃です。これらが最悪の場合に何を引き起こす可能性があり、それらにどう対処するのか、我々は何も知らされていません。
また、福島事故は東京電力に賠償責任があるとされましたが、武力攻撃で被害を受けた時、責任は何処にあるのでしょう?国が損害賠償まで確約するのでしょうか? 当然税金が投入ならば国民の理解どころか、合意が必要です。
このように、今日の情勢の中、武力攻撃による不測の事態を想定するのは県民の安全のために当然のことですから、その説明は不可欠ですが、本意見書には見当たりません。加えるべきです。
以上が私の反対理由です。

再稼働反対の討論①

細川かをりです。発議第34号に反対します。
本意見書案は、原発の安全・安心を求め、「国が一元的に責任を果たすことが必須であること」をはじめ、求めている具体的事項一つひとつの内容は妥当だと思います。しかしながら「再稼働に当たっては」との記述が、再稼働容認ともとらえられます。現在まだ基準地震動に関して大阪地裁で係争中であり、昨日も被告側のデータ改ざんが批判されたところです。裁判の行方を見守り、基準地震動の妥当性や事業者の姿勢に注視しなければならない中、再稼働容認を匂わせる記述は省くべきです。
また、安全安心確保のため求める事項に、次の2点が欠けています。
一つ目は、新規制基準についてです。
2013年に施行された新規制基準は、「福島事故は津波により電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能を喪失、その結果、炉心損傷などのシビアアクシデントが起こった。」という、当時の知見に基づき、「津波対策」や「電源の多重化」などの強化が求められたもので、大飯のその対策は先日の大飯の視察で確認させていただきました。
しかしながら昨年、日本原子力学会で「3月11日に事故を起こした原子炉に対し、3月23日までの間、消防車による外部からの注水が、ほとんど炉心に入っていなかった。」と報告され、衝撃を呼びました。バイパスフローつまり、注水ルートの抜け道があったとのことです。
先週、NHKスペシャル「メルトダウン」取材班からその追跡調査レポートが出版され、ネット上で話題となっていますが、大飯原発の安全性を求めるならば、「注水の抜け道」の原因や対処の説明が必要です。
事故の原因は今も未解明なことが多くあります。新事実が出てきたら、素早くそのことに対応した規制が追加されるべきであり、そうした姿勢を国に求めるべきです。2013年段階の知見のままで物事が進んでは、また失敗を繰り返すと憂えます。

2012年06月15日

全員協議会1

昨日の全協の質問は下記の通りです。
***********************************************************
 細川かをりです。
 昨日、近所の方から電話をいただきました。
「おい、頑張って反対せ~よ~!あれはあかん。火が出たら水かければ消せるけど、放射能はどうにもならん。避難訓練ったって、逃げたら最後、帰って来れんかもしれん。人は絶対自然には勝てんのや!」
・・・その力強い声に、背中をど~んと押されたここちで、今、ここにおります。
私の周囲では、世論調査以上に再稼働反対の方が多いと感じています。

 ではまず、原発再可動の大前提である「安全」の、特に「地震」への備えについて思うところを述べます。
 野田首相は
「福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っている」
と先の記者会見で述べました。
 3月の県 原子力 環境 安全管理 協議会の席上で、この「福島のような地震」という言葉の意味するところを伺ったところ、
「保安院として、基準地震動の1.1倍と比較して大丈夫と評価している」
と回答されました。
「福島を襲ったような地震を基準地震動の1.1倍とする」とは、なんと甘い話でしょう。

 東日本大震災は、今から1100年前の貞観地震・津波の再来だといわれていますが、国史によると、貞観地震の前後約30年間では天変地異が連続的に起きています。
富山・新潟大地震でいくつかの小島が崩壊、
富士山噴火、溶岩が流れ込み青木ヶ原樹海・西湖・精進湖を形成。阿蘇山噴火、鶴見岳噴火、阿蘇山再噴火、兵庫県西部大地震、摂津地震
そして、貞観地震
その後も、熊本で暴風雨災害と同時の地震・津波、鳥海山噴火、開聞岳噴火、関東大地震、島根県大地震、京都で地震、貞観地震級の南海地震、京都地震と続いています。
 まさに「大地動乱」です。貞観地震と今の日本の状況を並べるならば、まだこの先、火山爆発とともに、いつどこで大地震が起きるかわからないということです。

 国は東日本大震災の地震の想定外の断層滑り量を、海溝型地震に限定した新知見とし、
「若狭湾近くには大津波を起こすようなプレート境界がない」
だから、
「若狭湾での大きな地震は想像しがたい」
などと述べています。しかし、耐震バックチェックを行っていてもなお想定外を繰り返している今日までの事実の反省にたつならば、歴史が示す直下型の地震の危険性に関してもしっかり備えなければならないはずです。

2012年05月27日

議員連盟総会、研修会

5月21日、「全国災害ボランティア議員連盟の総会&研修会」を、衆議院第2議員会館で行いました。

研修会では、元山古志村村長で議連会長の長島忠美衆議院議員の基調講演、遠藤雄幸川内村村長に東日本大震災での全村避難と帰村を含めた現状と課題について、議連副会長の村井宗明衆議院議員に改訂災害対策基本法について、お話を伺いました。
その時の映像が、村井議員のHPにアップされています。
改正法第86条には、広域避難に関しての項目があります。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=gOOzQlIrreU#!

地域防災を策定するにあたって、重要な項目となります。
地方自治体は、これでいいのか、しっかり考えるべき項目です。
先日県庁の担当課の方に、地方としての意見をまとめるように伝えました。

研修会後の意見交換会の席上で、長島会長が「この件で質問する」と、村井副会長に宣戦布告。
超党派の議連ならではの光景でした。
苦労の多い事務局長という役柄ですが、こういうことがあると「がんばろう」と意欲が出ます。

また今回、自民党と民主党、公明党の国会議員の4名の方々が、理事として新たに加わってくださいました。
パワーアップです。
宮城県選出の高階恵美子議員には、鼎談ということで、岩手県の司東さんと共にお話(ぶっちゃけトーク「被災地の本音」)もいただきました。

がんばろう・・・。

2012年02月04日

福島での研修・調査

1月30日~31日と、議連で調査研修を行いました。

【30日】
12:00  郡山駅集合 バス発
12:30  視察1 仮設住宅(ビックパレット福島隣接) 
13:00   研修1 「川内村の現状と課題」郡山市川内村災害対策本部 
14:20  視察2 岳温泉民間放射線測定所 
14:50  陽日の郷あづま館着 開会・事務連絡
15:00  基調講演「東日本大震災~福島の戦い~」福島県災害対策本部
16:00  研修2 ・・・避難について考えます
① 避難体験談 
② 「今後の原子力防災計画の方向性」  
    経済産業省 原子力安全・保安院 原子力防災課課長 松岡建志 氏
    文部科学省 科学技術・学術政策局 原子力安全課防災環境対策室長 田村厚雄 氏
17:30 研修3 ・・・様々な現場活動から現状と課題を考えます 
      報告者 坂本栄司 福島県議会議員
          いしはら信市郎 福島県議会議員
          吉田公男 議連理事(ハートネットふくしま理事長)
          川上哲也 議連理事(Vネットぎふ理事長)
          東角操 議連顧問(ふくい災害ボランティアネット理事長)  
18:30  情報交換会:会員の議会活動・ボランティア活動報告・議員交流他

【31日】現地視察 
   7:30 陽日の郷あづま館発
   9:00 楢葉町いわき出張所着経由
   10:00 楢葉町災害現場(20キロ圏内)研修視察他
   12:00 Jヴィレッジ着 昼食
   13:00 Jヴィレッジ内視察・研修
   15:00 Jヴィレッジ発
   17:00 郡山駅着予定 
   閉会・解散


日野市議会の峯岸議員が早々にブログアップされましたのでご紹介いたします。
茨城県議会の井出議員のブログにもリンクされていましたので、同様にご紹介いたします。

日野市議会 峯岸弘行議員
http://www.komei.or.jp/km/hino-minegishi-hiroyuki/2012/02/

茨城県議会 井出よしひろ議員
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51326184.html
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51326420.html
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51326458.html

2012年01月24日

大飯原発

国内原発50基が停止となります。あと4基しか稼働していませんから、再稼働に向けての各種手続きが進むのは理解できます。
・・・が、「やることやって」くださいませ。

今回の原発事故で、最大の教訓は「自然を甘く見ない」ことです。
9月議会で、若狭湾の活断層に関して意見を述べました。
おおいの原発は、新しく、出力が大きいということで、再稼働候補のNO1なんでしょうね。
ストレステスト結果、想定の1.8倍の揺れまで耐えられる・・・という原子力安全・保安院の評価です。
それにIAEAのお墨付きを得たいって!?
IAEAは、誰が作った資料で誰の説明をもとに、判断するのでしょうねえ。茶番でなければいいのですが・・・。

だいいち、そもそも「想定」が甘いんだから、問題外です。
断層を「FOーA」「FOーB」断層の連続性までしか考えられていません。
最大限「熊川断層」まで考慮して想定値を上げてしかるべき。
「700ガルの1.8倍まで耐えられる」ってことは、「1300ガルまでしか耐えられない」ってことです。
柏崎刈羽原発の事例を、9月県会一般質問で述べました。
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平成16年の中越沖地震は、刈羽原発から北へ約9キロ離れた海底活断層が震源でした。長さは当初7キロと見積もられていましたが、実際にはその5倍以上の36kmでした。震源断層まで9キロ離れているにも関わらず、それが実は原発地下まで伸びており、2000ガルを超えるキラーパワーが発生しました。当時の甘利経済産業相は、「建設時、断層が過小評価だった」と認めています。
震源領域の活断層に関して、様々な観測を述べられています。議論が分かれるなら、危険性の高い方に見積もるべきです。危機管理は、最悪を想定して備えるものだからです。過少評価をしておいて、あとで「想定外」なんて、福井では言わせないでいただきたい。
http://www.hosokawakawori.com/archives/2011/09/
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これが事業所にも原子力安全・保安院にも届かなかったのであれば、再度述べなくてはなりません。

「やれやれ・・・」といしか言いようがありません。
ま、興味は「IAEAのお手並み拝見」ってところでしょうか。

2011年11月20日

地震の震源

17日から18日にかけて、地震が4回ありました。
震源はいずれも我が家の周囲?です。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/31579.html

以前にも、越前市粟田部と池田町稲荷の間(つまり我が家近辺)が震源の地震があったのですが、揺れ方が違います。揺れるというより、「ゴツッ」「ガツン」「ゴリゴリゴリゴリ」・・・という岩と岩がこすれあうような様子を足の下で感じるのです。その瞬間にガガガガッと響きます。
何年か前の、粟田部と稲荷の両地震観測点で震度1だった時も、私の感じた震度は3!
隣の家では積んであった薪が崩れました。
これらの地震は温見断層が絡んでいると思うのですが、池田までとされているこの断層、越前市東部まで続いているのかもしれません?
山間地なので、ボーリングするわけにいかないでしょうけど、直感的に地中の地盤のずれ・崩れを感じるのです。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/katudansou/fukui.htm
温見断層は、濃尾断層帯に含まれます。
記録のある直下型地震で、過去最大だった濃尾地震の震源域です。
不気味・・・としか言いようがありません。

今日は茨城で震度5強の地震がありました。
日本全土、活動期、余震、相模トラフの跳ね上がり・・・などなど、何があってもおかしくない状況です。
もし何かあっても、その地のリーダーは、
「まさか起こるとは思わなかった。」
なんて、今後許されないセリフとなります。
覚悟して、リアリティーを持って、防災対策を進めなくてはなりません。
ここで甘い判断を行ったら・・・万死に値すると思っております。

2011年10月21日

EPZ(UPZ)30km

おやまあ、というか、へえ~~っというか、EPZ(防災対策の重点地域)を緊急防護措置区域(UPZ)30キロ圏に変更・拡大する議論が始まりました。
越前市は敦賀の原発から、西側が20キロ圏内、東側が30キロ圏内であることは承知していましたが、30キロ圏内に京都市も一部が引っかかるとははじめて知りました。
「電気はほしいけど、放射能は要らない」
・・・というマインドで、都市部から離れた僻地に建設された原発です。でも、福島事故で80km以上先まで放射能が降り注ぐ事実が明らかになり、風向きしだいでは都会も汚染される危険性があると明らかになりました。
これまで「他所事」だと思っていたのに、「わが身に降りかかるのか」と驚いた方も多いでしょう。

・・・で、緊急防護措置区域(UPZ)ですが、これは、30キロ圏内の方々にも、真剣に原発に向き合っていただくため?
これを目安に避難誘導をと考えるのであるならば、放射能は実際には同心円状には広がりませんから、「全方位避難」は非効率。

私は、国がどこまで福島事故での避難を検証しているのか、ずっと疑問に感じています。国の担当者の方々の口からは、プラントの話は出ますが、放射能漏れによって、住民の方々がどうであるかという話はこれまでほとんど伺っていません。現場の人の姿が、目に入っていないのではないかと感じることがよくあります。

同心円避難は、台風で風が舞っているのならともかく・・・道路事情を考えると、無理のある話です。
福島で「近いけど線量の低いところ」の住民の方々が、「遠いけど線量の高いところ」に避難した失敗を、今後の防災計画にしっかり反映させていくべきです。
今回のこのUPZは、今後どのように展開を考えられているのか・・・注目です。

避難計画に関し、たとえば・・・
米ウェストチェスター郡のインディアンポイント原発は、その50キロ圏内にニューヨークを抱えています。
ここは独特の守りだと聞きました。
決して同心円で避難をさせず、行政区とかかわりなく地域をモザイク状に割ってナンバリング。
地形と風によってシミュレートして、広まり方によって逃がすのだそうです。
これによって、警察官も軍人も、効率的に動けます。
曰く、「形式的な同心円はいけない」。
http://keepingsafe.westchestergov.com/images/stories/pdfs/IPEmergencyGuide2010-11.pdf

工夫し、環境整備し、実効性のある避難計画を、はたして国はちゃんと提示できるのでしょうか!?

2011年09月09日

ロック イン 一乗谷

ソフトバンクのCM「白戸家の人々シリーズ」の新作では、一乗谷でのひと夏の思い出?締めくくり?に、白戸家がロックコンサートを行っています。
いつも楽しくこのCMシリーズを拝見していますが、今回はびっくり!感激です。

理由は、平成16年の福井豪雨災害の思い出にあります。当時、県教委よりの依頼で一乗谷朝倉氏遺跡の復旧活動を行いました。今立のボラセンを終了させて、2つ目のボラセン設置、8月の灼熱と砂埃との戦いは体力・気力とも限界。うちから現場までの30~40分の移動では、自分を鼓舞するために車の中でひたすら繰り返し聞いたのが、まさにこの白戸家の人々が歌っている曲だったのです。
クイーンの「We Will Rock You」!
http://mb.softbank.jp/mb/special/SHIRATOJIRO/?cid=fncm_rksl_1jod_stlw20110901a#episode6

私にとって、この曲は「一乗谷の曲」なのです。
偶然とはいえ、感動。
懐かしさいっぱいです。

2011年09月08日

全国災害ボランティア議員連盟

事務局を預かっている、地方議員・国会議員の議連です。
2009年に設立しました。
会長に長島忠美衆議院議員、副会長に村井宗明衆議院議員、泉ケンタ衆議院議員。
災害時は挙国一致で乗り切るべしとの意図で、超党派で作りました。役員人事も偏りないよう配慮しています。

このほど副会長の村井議員(民主党)が、衆議院災害対策特別委員会委員長に内定されたようです。
また、会長の長島議員は自民党のシャドウキャビネット防災担当大臣です。
泉ケンタ議員は、元災害ボランティア担当の政務官、5月に会員になっていただいた辻元清美議員は、現在災害ボランティアを担当されています。
心強い限りです。

今年の3月15日に行いました臨時会で、「超党派で災害対応していただきたい」と要望させていただいたわけですが、議連の活動そのものが、与野党の懸け橋になりますよう望みますし、そうなるように事務局として、尽力していきたいと思います。

台風12号災害において、中山間地域の避難判断や情報伝達に困難を極めた旨、報道されています。
これは、平成16年に福井豪雨災害でも台風23号災害でも課題だったことです。
これ以上、同じことを繰り返さない対策を、早々にお願いさせていただきました。
安心安全のために、私の立場でできる限りのことをやっていく所存です。

2011年06月11日

震災ミニルポ2

震災ルポ2
 「静か。」…5月17日、福島駅に降り立ちました。帰宅する女子高生のきゃっきゃと笑う声が響き、夕空は雲ひとつない茜色です。宿に向かうバスの車窓から見える市内は牧歌的で、「なんていい町。」とそれまで人々が平和で幸せな日常を送っていたであろうことを十分に想像させました。
 南相馬市から避難された老夫婦は、
「誰かが『逃げろ。』と戸口を叩いたので、ご近所のお年寄り(災害時要援護者)のおうちを回ったけど、逃げ遅れたのは私たちの方で、すでにもぬけの殻。私たちも着の身着のまま車で逃げ出したけれど渋滞で動けない。足を痛めているので避難所では暮らせず、県外も含め転々と移動。ようやくこの宿に落ち着いた。」
とのこと。
「泣いて泣いて泣くだけ泣いた。体重は夫婦とも数キロ減った。」
と静かに話されます。見えない放射能から逃げる恐怖は、いかばかりだったことでしょう。
「東電や国に、何度も電話して怒った。」
そう話すのはタクシーの運転士さん。
「今までいい思いをしてきた者も今回のことですべてチャラ…どころか、何もかも失った。」
「原発のリスクってこれだったのねと思い知らされた。」
そう福島のボランティア仲間も語ります。
「何でもいいから、早く原発を止めてくれ!」
地元新聞社の課長さんも叫びます。
 放射能の線量が高いからとオフサイトセンターから要員が逃げ出した足元で、若い看護士さんは自衛隊と共に入院患者を退避させようと、病院からヘリまでの1キロの道のりを担架搬送しています。そこは線量が高いという情報も知らないまま、午後3時から夜中の2時までかかったそうです。その後彼女の靴は、サーベイにひっかかり(線量が高いと)没収されています。現在彼女は県外に避難していますが、なかなか現地の情報が入らず困っています。
「実は、県外に来てから原発で爆発があったって知ったのです。動いている間は何も情報がなく、夢中で患者さんの搬送にあたりました。婦長さんが『あなたは若いんだから先に逃げなさい』とおっしゃったので、大変な事態だとは思いましたが・・。」
「県外にいると、一時帰宅の情報も入りません。他の人は一時帰宅されているとテレビで見たのですが・・・私はどうしたらいいのでしょう。」
「もう元の町に住めないのなら住めないと言ってほしい。そうしたら他で仕事を探します。今は図書館で本を借りようにも『市民ではない』とのことで借りられない・・中途半端な状況です。」

 静かな町「福島」、そして非難された方々は、語りつくせぬ怒りと辛さにじっと耐えているのでした。薄められたメディアの情報ではなく、行ってみて生の声をうかがって感じる、進行形の深刻さでした。

震災ミニルポ2

震災ルポ2
 「静か。」…5月17日、福島駅に降り立ちました。帰宅する女子高生のきゃっきゃと笑う声が響き、夕空は雲ひとつない茜色です。宿に向かうバスの車窓から見える市内は牧歌的で、「なんていい町。」とそれまで人々が平和で幸せな日常を送っていたであろうことを十分に想像させました。
 南相馬市から避難された老夫婦は、
「誰かが『逃げろ。』と戸口を叩いたので、ご近所のお年寄り(災害時要援護者)のおうちを回ったけど、逃げ遅れたのは私たちの方で、すでにもぬけの殻。私たちも着の身着のまま車で逃げ出したけれど渋滞で動けない。足を痛めているので避難所では暮らせず、県外も含め転々と移動。ようやくこの宿に落ち着いた。」
とのこと。
「泣いて泣いて泣くだけ泣いた。体重は夫婦とも数キロ減った。」
と静かに話されます。見えない放射能から逃げる恐怖は、いかばかりだったことでしょう。
「東電や国に、何度も電話して怒った。」
そう話すのはタクシーの運転士さん。
「今までいい思いをしてきた者も今回のことですべてチャラ…どころか、何もかも失った。」
「原発のリスクってこれだったのねと思い知らされた。」
そう福島のボランティア仲間も語ります。
「何でもいいから、早く原発を止めてくれ!」
地元新聞社の課長さんも叫びます。
 放射能の線量が高いからとオフサイトセンターから要員が逃げ出した足元で、若い看護士さんは自衛隊と共に入院患者を退避させようと、病院からヘリまでの1キロの道のりを担架搬送しています。そこは線量が高いという情報も知らないまま、午後3時から夜中の2時までかかったそうです。その後彼女の靴は、サーベイにひっかかり(線量が高いと)没収されています。現在彼女は県外に避難していますが、なかなか現地の情報が入らず困っています。
「実は、県外に来てから原発で爆発があったって知ったのです。動いている間は何も情報がなく、夢中で患者さんの搬送にあたりました。婦長さんが『あなたは若いんだから先に逃げなさい』とおっしゃったので、大変な事態だとは思いましたが・・。」
「県外にいると、一時帰宅の情報も入りません。他の人は一時帰宅されているとテレビで見たのですが・・・私はどうしたらいいのでしょう。」
「もう元の町に住めないのなら住めないと言ってほしい。そうしたら他で仕事を探します。今は図書館で本を借りようにも『市民ではない』とのことで借りられない・・中途半端な状況です。」

 静かな町「福島」、そして非難された方々は、語りつくせぬ怒りと辛さにじっと耐えているのでした。薄められたメディアの情報ではなく、行ってみて生の声をうかがって感じる、進行形の深刻さでした。

震災ミニルポ

地域だよりの原稿を2本書きました

震災ルポ1
 4月末の陸前高田は、見渡す限り「瓦礫の海」でした。海沿いは地盤沈下で水没、有名な7万本の松は1本を残してすべて流され、頑丈だったはずのホテルや体育館も、鉄骨を残しただけの無残な姿をさらしています。
 私たち災害ボランティアは、津波に襲われた地域の周辺部、つまり片づければ生活再開できそうな床下・床上浸水被害の地区で活動を行いました。ある地区では道路わきの排水溝が瓦礫で埋まり、雨や生活排水が道路を川のように下っていく状態でしたので、「普門寺にいる『チームふくい』です。ここを掃除させていただいても構いませんか?」
と、避難所の公民館で地域の役員さんにお声がけしました。「助かります。ぜひ。」とのお返事をいただき、翌日そこで活動することになりました。
 朝9時、歩いて現場へ向かっていたら屋外放送が聞こえました。「地区の皆さん、福井から来てくれた人たちが溝掃除をしてくれます。私たちも一緒にやりましょう。」とのこと。その日の活動は、地元の方々との共同作業になりました。
 家の柱、お茶碗、お米、写真…瓦礫とはいえ、一つ一つに平和な生活の断片が伺え、胸が痛くなります。見上げると自衛隊の方々が遺体捜査を行っています。田んぼは排水ができず、瓦礫と水がたまったままです。「死んだ者も気の毒だが、残っているものも地獄。田んぼは塩でもうできん。」満開の桜の下で、ぽつりとおばあさんがつぶやきました。
 一日も早い生活復興を、念じてやみません。

2011年05月13日

全国災害ボランティア議員連盟総会

ここ一両日は、大急ぎで延期してきた「全国災害ボランティア議員連盟 定期総会」&「研修会」の段取りをしています。31日衆議院会館にて開催。会長の長島衆議院議員や村井副会長との日程調整や、各地の役員に連絡、研修会内容の決定などなど・・・準備することはたくさんあります。
当日は、災害ボランティア担当首相補佐官の辻本清美議員も参加、原子力安全・保安院の方もです。
実際の現場での課題をしっかりまとめてお伝えしたいと思っています。

私は来週、東京へ立ち寄って、福島へ調査に行きます。
役員である吉田県議や、福島県内の会員議員のかたがたの様子やご意見を調査させていただきます。
原発で潤っていたであろう立地地域の、被災住民の方々の心境は、マスコミ報道だけではなかなか推し量れません。議会はどのように対応しているのか、どんな意見が出されるのか、臨時議会も傍聴予定です。

福島の原発は、最悪の状況です。
「メルトダウン」
・・・・・・・・・・・・・・
住民の皆様の生命と財産を、どのように守るのか、本当に大きな課題です。
福井は、真摯に学ばねばなりません。

2011年05月07日

重機隊帰還

本日午前8時、「チームふくい」の重機隊が陸前高田より帰還しました。
キャンプでの宿営で活動したうえに、夜通しの運転でお疲れだったと思うのですが、その目の輝きに充実した活動だったことを感じ取ることができました。
テレビなどの映像で見るのと、実際の現場との「酷さ・深刻さ」の違い、また、彼らの活動による被災者の方々との涙の感動シーンもあったとのこと。
(私が語るより、彼らにどこかで語っていただければ・・・)
本当に、お疲れ様でした。

帰還小.jpg

面々小.jpg
総勢16名でした。(今立帰還の方々で「はい、チーズ!」)
ゼッケン小.jpg
「チームふくい」のゼッケンです。

2011年04月30日

ミッション完了

重機隊小.jpg

陸前高田にて【コーディネート】
①現地でずっとコーディネートしていた後藤さんが福井に一時帰るので、その穴埋めのコーディネート。
②重機ボランティアの活動先探し
③薪プロジェクトの進行(陸前高田市役所建設課より呼ばれ、プロジェクトの許可と流木の撤去要請を受ける。責任重大!・・・でした。)
④京都ボラバス2台60名の活動先及びバスの停留場所の確保・確認。(後藤さんがコーディネート)
⑤Y地区の溝掃除活動の段取り(建設課への報告・区長さんとの打ち合わせ等)

③に関して、②と活動でお会いした岩手のJCの方とを東角さんにつなぎ、作業や借り置き場探しの協力を得ることになった。東角さんは福井にて企画書作成や協力団体との会議や調整を行う。
現地ミッションに目処がついたので、最後は溝掃除の作業を行って、帰福。

福井にて【コーディネート】
①黙陽会主催の被災者四十九日法要への協力(パネル展示・プレスリリース等)
②重機ボランティアチームの送り出し準備と出発式開催(写真)

②は、県庁や東角建設等を回って関係書類やグッズ準備、プレスリリースは東角さん
出発式を今朝、無事執り行い、さしあたってのミッション完了です!
ふ~~~・・・

2011年04月21日

陸前高田

選挙の始末がまだまだなのですが、明日夕方、陸前高田行きのバスに乗ります。
現地に詰めている後藤さんと、しばし入れ替わります。
浦島太郎状態の私に、何ができるかなあと不安いっぱい。
さらに、現地での移動手段が軽トラ・・・「マニュアル車」!!!
これが大きな課題です。
なにしろ、自動車学校以来、マニュアル車は運転していないのです。
「災害ボランティアは何でもできなアカン!」
と東角さんはニヤッと笑います(- -;)
明日、出発までにうちの軽トラで練習です。
被災地に迷惑かけられないですもん。
近かったら自分の車でいくのにねえ・・・。

2011年03月16日

全国災害ボランティア議員連盟で提言

giren2.jpg
上京しました。
午前中、議員会館の長島衆議院議員の事務所で議員連盟の緊急役員会議を行いました。
今回の大災害の災害ボランティア活動に関して、話し合いました。
自民党の長島議員(会長)は、情報を与党担当議員に伝えたけれど回答がない旨おっしゃっていましたが、その後民主党の村井議員(副会長)が加わり、議連で情報共有し力を合わせるということを確認。
また、前日に行われたNPOやNGOとの意見交換会?の様子も加味した上で、この未曾有の大災害での災害ボランティア活動のあり方、戦略に関して話し合いました。
その結果を大急ぎでパワーポイントにまとめ(写真:長島さんの机で仕事しています)、午後4時半より国会議員・議員秘書等数十人で議連会議。(国会議員全室にポスティング、その日のうちのことなのに、大勢参加していただきました。)
議連会議は5時半終了、帰宅しました。
(静岡で地震があったのですね、新幹線が止まる前に通過していたので帰宅できました。)

提言は「①協働のあり方、②プラットホームについて、③ブロックごとの支援」が柱です。
特に③は、支援もれ、支援格差を極力なくすというスタンスでの戦略です。
まとめたパワポのデータを、与党の担当議員はじめ何人かの方々が持ち帰りました。お役に立てれば本望。
このあとは文章化して政府に提出となります。
提言内容は、いずれも、タイミングを逃すことのないように、スピーディーに実行されることを願っています。
また、議連は超党派で作りました。
大同団結のためです。有事です。
そのことを確認して議連終了。
疲れました。大仕事でした。

2011年03月14日

支援物資の考え方と送る側の注意点

支援物資についてノウハウを記載させていただきます。
*但し、まだ現地の受け入れ先が整っていないので送るのは待ってください。
 送れるようになったらなるべくご紹介します。

1.支援物資:被災者のニーズに合ったものを送る。
  得てしてこんなものが必要だろうとか、マスコミでこんなものが不足しているとい
  う情報に基づき送り側が判断してしまいがちですが、実際送ると迷惑になる物が多
い場合があります。支援物資が災害後にゴミの山となるケースがよくあります。
また、梱包の仕方や勝手に被災地の状況も把握せず送る場合が生じて、現地が混乱
することや現地での手間がかかる場合が多くあります。善意の押しつけにならない
ように気を付けてください。
また、災害ボランティアの望ましい姿は、物資や活動共に集めて・選別・一括(大
量の量)配送・現地拠点基地への運び込み・仕訳・現地での配送を一気通貫で行え
る体制を作って臨むことが理想です。
2.支援物資
 (1)募集・収集 上記の考え方を踏まえた告知を行うこと
    ・生ものや賞味期限が半年以内の食品はだめ
    ・使用済の下着は洗濯されていてもだめ
    ・下着以外の衣服に関しては必ず選択・クリーニングされたもの。
     (新品が望ましい)
 (2)想定される必要支援物資
①食品類 カップ麺、お湯だけで作れるレトルト食品、飲み物、乾パン・缶詰
め類乳児用粉ミルク、哺乳瓶(新品)
②食器類 紙コップ、箸、やかん、鍋、カセットコンロ、カセットボンベなど
炊出しで使える物
③衣類(新品) 下着、靴下、衣類、合羽、長靴類
④寝具類(新品) 毛布、タオルケット
⑤洗面具類 トイレットペーパー、ティッシュペーパー、ウエットティッシュ、
歯磨き、石けん、タオル、水を使わないシャンプー
⑥その他 紙おむつ(大人用・子供用)、生理用品、マスク、懐中電灯、乾電
池類、ブルーシート
⑦暖房具類 使い捨てカイロコン、薪ストーブ

(3)物資の送り方
① 1つの段ボールには1種類のものしか入れない。
② 段ボールの表面4箇所共の見えやすい場所に大きく何が入っているかを
書く 「食品:水」や「雑:おむつ」など。
③ 重すぎないようにする。ペットボトル飲料などを入れるときは注意。
④ 大きすぎない段ボール箱にすること。小さいのもだめ
  みかん箱程度が望ましい。
⑤ 箱が破けないようにしっかりテープで梱包すること。
⑥ 送り主を書く 例「福井・仁愛大学」

(4) 運送方法
① 運送会社に任せきりにしない。必ず一人以上は同行する。
② 現地受け入れ倉庫などへの運び込む人も行くのがよい。
③ さらに残って仕分けや現地配送が出来る人や車(軽トラック)が
  行くのがベスト

2011年03月13日

物資支援

県内各所で物資支援の動きが出てきました。
同時に、そのお問い合わせも多くなってきました。

物資支援は様々な配慮が必要ですが、かといっておの気持ちや動きはしっかり被災地にお届けしたいところ・・・。

議連・NPO・福井県災害ボランティアセンター連絡会等を通じて、確実なルートを構築中です。
受け入れ先や送り方等、わからない場合は当NPO法人にご相談ください。

2011年03月12日

東北地方太平洋沖地震

未曾有の災害が起きました。
被災された皆様に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

さて、只今統一地方選挙出馬準備のために、あと1月は動くことがかないません。
NPO法人理事長として、全国災害ボランティア議員連盟事務局長として、こちら(越前市)から、可能な限りの支援をさせていただきます。

まだ被害の全容はわかりませんが、現状は緊急対応時(フェイズ1)であるので、命をつなぐ時期。
関係組織の方々の活動の安全を祈ります。

今の間に、ボランティアとして、これからどのような活動展開を行うのか、そのための準備にかかります。県庁で本日2時より、福井県災害ボランティアセンター連絡会の会合を持ち、当面の方向性を話し合います。(福井の強みは、ボランティアが、行政とともに動けることにあります)
http://www.fukui-dvn.com/

議連としては、すでに避難所支援のために現地入りした仲間があるのですが、連絡がとれていない状況です。議連は、今後長期化を予想される活動の環境整備をすべきと考えています。
http://saigaigiren.hida-ch.com/

とりあえず。

2011年01月31日

勝手にシミュレーション

越前市で雪害対策本部が立ち上がりました。
すでに屋根雪の心配をされている独居高齢者から不安の声が届いていますので、災害ボランティアの連絡会の一員(NPO法人ふくい災害ボランティアネット)として、民間支援が必要であれば・・と仮定して考えてみます。

県の災害対策本部が立ち上がったのであれば、おのずとボランティアセンター本部の立ち上げ協議に入り、基金運用も含め検討します。(県の災害ボランティア活動推進条例に基づきます)
しかし、現段階では県では災対本部は立っておりません。市独自です。
市議時代に、市単独で何かする場合の資金に関して、「市社協対応(共同募金・独自資金)」と「市で必要なものはみる」という言質をいただいていますので、独自でボラセンを立てることは可能です。
しかし、難しいのは保障の問題です。
屋根雪下ろしは高所作業なので、ボランティア保険の対象から外れます。
また、事故だけではなく、除雪という重労働なので作業中や作業後の「脳疾患・心疾患」でお亡くなりになるケースもあります。また、活動場所への移動も困難で危険を伴います。これらに対処できる保険が必要です。
ボランティアを派遣する責任はセンターにあります。うかつに活動を行って、もしもの場合、センター長に責任がかかります。当然ながら・・・。
(ちなみに、下記の除雪ボランティアは、福井市で行っているもので、災害時要援護者宅の玄関先の除雪です。屋根雪下ろしではありません。)
平成18豪雪の際も、奥越にボランティアを派遣するかどうかでもめました。
課題はまだ解決されていませんし、ケースbyケースで対応を判断しなくてはなりません。

「越前市は高齢社宅の屋根雪下ろしに助成金が出るので、ボラ活動ではなく業者等に個人依頼すればいい」と思っていたのですが、なんとこの助成金が廃止になっておりました。
う~~~ん・・・、災害時要援護者対策、いつの間になくしてしまったのでしょうか…p(--;)

除雪ボランティアに関しては、まだまだ課題満載です。

2010年09月04日

防災の日

9月1日は「防災の日」です。
「NPO法人ふくい災害ボランティアネット」として関わるイベント(災害看護学会全国シンポジウム、県防災訓練、越前市防災訓練など)と、「全国災害ボランティア議員連盟」の事務局として企画・開催する研修会で、立て込んだ日程にありました。
おかげさまで昨日、新しくなった衆議院会館の会議室をお借りして、議連研修会を終え、一段落です。
いずれも事務局として采配しなくてはならないので消耗し苦労するのですが、それが実ると嬉しいです。
また、その苦労の中での人との出会いや関わりは、私の宝です。
ジェットコースターに乗ったような人生・・・なのかもしれません。

2010年08月14日

まいった・・・

9月1日は防災の日。
その前後にイベントが目白押しです。
①27~29日:災害看護学会全国シンポジウムのお手伝い(ブース出展他)
②29日:県の防災訓練、越前市の防災訓練、(←なして同日開催なのか・・)
③3日:全国災害ボランティア議員連盟研修会(IN東京)
・・・一週間でこれだけやり遂げなくてはならなくなりました。
特に②③は、事務局長としてです。
ありえない(@@;)

準備もダッシュ(T_T)

2010年07月14日

豪雨

ここのところの大雨で、各地に水害の危険性が高くなっています。
九州ではこの72時間の積算雨量が500ミリ超とか・・・。
日本の年間降水量を1700ミリとすれば、1年間の3割分もが一気に降ったことになります。
国土がなんともないわけがない・・・。

ちょうど6年前の7月13日には、福島新潟豪雨災害があり、その前線が南下して18日に福井豪雨災害をもたらしました。
あの時、時間雨量96ミリという100年に一度という雨が降ったわけですが、地球温暖化と異常気象のために
「こういう豪雨はこれから毎年起こりうる。」
と、NHKの天気予報を伝えている方に言われました。(すみません、お名前忘れました。「ご近所の底力」に出演した際に、ご一緒した方です。)
本当にそのとおりで、毎年のように水害が起こっています。

備えましょう。
いまどきの豪雨にどう対処したらいいのか、しっかり考え行動しましょう!

2010年05月31日

5月も終わり

今、長袖のフリースを着ています。
コタツもついています。
ストーブもまだ仕舞えません。
例年ならば、暑いからと、早々に半そで・クールビズ・・・のはずが、こんな気候でびっくりです。
この寒いのに・・・というか、ようやくというか、さっきカエルの鳴き声がしていました。
今シーズン、初めてです。

この気候・・・水害が起こりませんように・・・。

2010年02月06日

積雪

「越前市の積雪 13cm」と、テレビから聞こえてきました。
まあ、市内はそんなものでしょう。

kuutoyuki.jpg

今日のわが家の庭の様子です。降雪の合間に撮りました。
我が家は、年末年始の積雪が根雪として数十cm以上残っていた山間の集落にありますから、こんなものです。

.jpg

玄関先から向かいの山を撮影しました。
倒木が3本写っているのがお分かりでしょうか?
白っぽい縦のすじがそうです。
細い杉の上部が折れるのです。(間伐されていない山の現状です)
年末には、家の裏の小さな川に折れた木が引っかかり、家族が除去しました。
(福井豪雨のときにも同じところに倒木がひっかかり、水の流れを塞き止めました。)
今回の雪で、近所では倒木で屋根が一部壊れました。
市内の積雪の少ないところにお住みの方からは、
「え、貴方のところでは屋根雪下ろししたの?」
などと聞かれますが、雪下ろしはもちろん、それどころか・・・です。

同じ市内でも、積雪量・雨量に、非常に差があります。
この差を、雨量の数値根拠をもって示したいところなのですが、山間地域には雨量計すらなく、数値として示すこともできません。
あたりの様子を経験のみで語っても、なかなかわかってもらえるものではありません。
「積雪が多くてたいへんなのよ」と言ったところで「へえ、そうなの。」と、同情されても課題だとはとらえていただけない・・・。
水害のときも、被災状況を「ひどい」という3文字だけで伝えきれないのはわかっていて・・・それでも「ひどい」以外に言葉がみつからず、もどかしさを覚えたものでした。
数値という根拠や、映像で感覚的に理解していただかなくてはならない・・・。

「山間地域の防災」は、実状すら正確につかめていないのが実態だと思います。
先日、NHKのY解説委員に議連での防災に関するご講演をお願いしたのですが、その際にも、
「(都市型の災害である)阪神淡路大震災以降、危機管理体制を強めてきたけれど、今反省しなければならないのは、日本の70%を占めている地方都市と山間の地域の対策について。私たちはまだまだ発展途上の危機管理体制しか持っていないことを確認すべき」
旨のお話をされました。
まったくそのとおりです。
「雪害」についてもです。

現在、新潟が雪害に見舞われています。
同じ雪国に住むものとして、その大変さや山間の集落の状況を想像すると、地方の防災対策の課題はたくさんあるとヒシと感じます。
昨日は視察で上京していたのですが、東京は晴天で、春のような暖かさでした。まるで別世界です。「私の立ち位置」から申すなら、その「別世界」「別天地」に、日本の防災の中枢があるのです。
だから、私は、なかなか理解してもらえない日本海側の山間地域の現状を、機会あるごとに訴える事が、私の大きな使命のひとつであると考えています。

2010年01月30日

防災フォーラム

昨秋行われた県主催の「防災フォーラム」に関し、県HP上で記録等が公開されました。
http://www.pref.fukui.jp/doc/kasen/seibi/bousaiforum.html
私はパネラーの一人です。
議事録等、ご一読いただければ幸いです。
防災に関する活動では、来月、東大阪市にお邪魔します(^^)/~

2010年01月06日

雪国は・・・

年末より、北陸は降雪と積雪に見舞われています。

本日、今年2件目のお通夜でお焼香してきました。
私の元上司、H校長先生です。
昔はとっても厳しいバスケの顧問だったという事ですが、私の知るH先生は、にこやかで優しい方でした。
退職後は農業をされていて、「細川さん、農業はいいぞぉ。お天道様の恵みで作物がいただける。」などと楽しそうに話されていた笑顔が忘れられません。
お元気だと思っていたのに突然の訃報だったので、本当に驚きました。

聞けば、除雪をされていて、終わって家に入って倒れられ、そのまま逝かれたのだそうです。78歳。体育バリバリの方だったのですが、それでも除雪という重労働は疾患を引き起こします。

「この年末年始、どうしてなくなる方が多いの!?」
と聞かれるのですが、除雪で亡くなる方、お風呂で亡くなる方が、おられます。

H先生も、私の住む集落と似た、山間の積雪の多い、しかも高齢化の進んだ集落です。
56豪雪の時に、除雪で亡くなられる方の最も多い年代は50代でした。
H17豪雪の時には、70代の方が最も多く犠牲になりました。
特に、雪の多い中山間地で、除雪される方の平均年齢がぐっと上がっているのでしょう。
中山間地の過疎高齢化は、静かに静かに雪害を引き起こす、切実な問題です。

2009年11月02日

全国災害ボランティア議員連盟・情報交換会

会場を移し、情報交換会です。
情報交換会2.JPG

総会が無事終了して、ほっとしている準備会のテーブル・・・
情報交換会1.JPG

こちらは、前日に行われた中越地震復興5周年シンポジウムのバンケット会場で、議連の紹介をする長島会長です。あいにく総会当日は出席できませんでしたが、かわりにビデオメッセージを頂きました。
長島さん2.jpg

ともあれ、全日程無事終了で、ほっといたしました。
でも、これがスタートです。しっかり運営していかねばなりません。
事務局長という大役を仰せつかり、重責に緊張している次第です。
(↓議連設立が、朝日新聞の記事で紹介されました)
http://www.asahi.com/national/update/1016/OSK200910160024.html?ref=rss
(↓同じく、新潟日報です)
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/5369.html

全国災害ボランティア議員連盟:設立総会・鼎談

遅ればせながら、設立総会の様子をアップします。仲間が撮ってくださったので、めずらしく私の姿もアリです(^^;))

発起人を代表して村井衆議院議員が挨拶しました。
村井さん.JPG


総会に駆けつけてくださった内閣府の田尻参事官に、ご挨拶を頂きました。
他に、前原誠治担当大臣(当時)や泉ケンタ担当政務官、増子輝彦経済産業副大臣、森民夫長岡市長他、多数の国会議員、防災団体等から、お祝いのメッセージを頂きました。
挨拶2.JPG

議案説明をしています。
細川2.JPG
すべてご承認いただきました。ありがとうございました。

総会の後の鼎談です。泉田新潟県知事、久住見附市長、新潟大学災害復興科学センターの福留先生にお話を頂きました。川上岐阜県議会議員がコーディネーターです。
鼎談2.JPG

泉田新潟県知事がにこやかに「ここだから言える話」を・・(^^)
泉田知事2.JPG

久住見付市長がテにしているのは、中貝豊岡市長などとともに水害を検証して作られた書籍です。私も中貝市長に頂きましたが、教訓の詰まったすごい内容です。
久住市長1.JPG

開催地新潟で近年の災害を経験された鼎談者の皆様の、復旧・復興のマネジメントをされた苦労話は、私たちにたくさんの課題や方向性を示してくださいました。お三方ともお忙しい日程を調整してのご出演です。心より感謝いたします。


2009年10月02日

災ボラ議連設立総会

全国災害ボランティア議員連盟・・・略して「災ボラ議連」の設立総会まで、いよいよ2週間となりました。
現在、会員のお申し込みを159名(国会議員11名、都道府県・政令指定都市議員48名、市町村会議員100名)から頂いています(^^)v

先ほど、総会資料の第2校を発起人の仲間に送信したところ・・・。
仲間とともに一歩ずつ事を進めてきて、「やっとここまでたどり着いた」という感じです。
ワタクシ的な「国を守る」っていうのは『防災』です。「国」=「国民および日々の生活」です。「防災」は「国民の生命と財産を守る」・・・です、はい。
それに資する、意義のある会になるよう、尽力いたします。

それにしても、教員当時から仕事仲間に「細川、事務仕事は適さず!」と言われていたのに、今はこの議連の事務局とNPOの事務局・・・2つも大役を頂いてしまっています。
今まで「行動」中心で、「事務」は他人任せだった『報い』でしょうか。
とってもとっても『日々修行』の毎日です(--;)

2009年09月26日

御用委員のシャンシャン会議

「消費者庁が入居するビル「山王パークタワー」(東京・永田町)の年間賃料8億円が高すぎると批判されている問題で、物件の選定に当たった内閣府の審査委員会が、1時間40分の会議を1回開いただけで入居先を決めていた。
メンバーだった消費者庁幹部は「事務方があらかじめ評価した点数が適正かどうかを判断した」と説明。」

よくある話です。
委員は「国の委員」になったことがステイタス。大学の先生なんか、とくにそうです。
事務局の提案にあえて異を唱えれば、「やっかいな委員」となり、次の大役はまわってこない。ってことで、事務局の敷いたレールを追認する「しゃんしゃん」会議となるのです。

これは国に限らず、地方自治体でもあります。
学校の評議委員もそうです。
委員選定は、「自分達の都合のいい方向で話を進めてくれる人」という基準で選ばれます。

私は「張りぼて」と呼んでいます。

2009年07月29日

福井豪雨から5年

今月は、防災関連の講演依頼で、「災害ボランティア活動」についての講演・研修依頼が何件かありました。
ここのところ、「地域の防災力向上」や、「災害時要援護者」、「自主防災組織育成」・・・といった依頼内容が中心でしたが、今月は福井豪雨から丸5年ということで、再び災害ボランティア活動にスポットが当たったのでしょう。

災害ボランティア活動は、「風」のように行うのを理想と考えています。
被災者の方々には、精神的負荷をかけないように、さ~~っとやってきて活動し、さ~~~っと引き上げる・・・です。
ボラセン運営当時を思い出すと、ボランティアに来てくださった方を送り出すときに
「被災者の方に『頑張って』とは言わないで下さい。すでにいっぱいいっぱいでおられるので、お声掛けいただくのでしたら『私達が代わるので休んでください』とおっしゃっていただけませんか。」
などとお願いしたものです。
先日福井市一乗へお邪魔した時に、地域の方から
「一番初めに県外からやってきたボランティアの方に『泊めて欲しい』と言われました。でもうちには若い娘もおり、お断りしたのですが、よかったでしょうか?」
と聞かれました。
「それで結構です。」
とお応えしました。ボランティアは自己完結が基本です。
しかしこのように、被災地にやってきていろいろな事を要求されるボランティアもおられます。
「助けにきてやっているのだから、そのくらいの要求はして当然。」
という「たかり体質」のボランティアがいるのは確かです。私には許容できません。
今立のセンターでも、当初いろいろありました。
結局、お帰り願った方もおられます。

ボランティアセンターは、ボランティアの支援・調整をします。
その運営方針は、福井では県本部がバックアップしていましたから(鯖江以外)、だいたい同じ歩調で進めることができましたが、他県の事例を見ると様々です。
ボランティアという対等な関係の世界に、特別意識や上下関係を持ち込もうとする団体もいます。これも私は好きではない。
被災者のために、よりパワフルで有益な支援活動を行うための、優れた仕組みが「福井方式」だと考えています。運営方針は「協働」で、様々な団体・個人が、お互いの強みを活かしながら、弱みは補い合いながら、スクラム組んだ運営を行います。行政だろうが何であろうが、そこに「上下関係」はありません。(役割の違いはあります)
でもこれも、被災後5年を経過し、関係者であってもよく知らない人が増えてきました。

「災害・防災」の専門NPO法人として、私の所属する「ふくい災害ボランティアネット」の役割は、ますます重要で、かつ難しくなってきていると実感しているところです。

2009年06月01日

全国災害ボランティア議員連盟受付開始

「全国災害ボランティア議員連盟」の会員申し込み受付を開始しました。
うちの議会でチラシを配ったら、早々にご覧になった同僚議員数名が参加してくださいました。「がんばってるね、応援させてもらう。」「防災の事、自分もボランティアに行ったりして動いているから。」「手伝える事があったら言って。」などと、温かいお言葉も頂きました。
事務局などという大役が私に務まるのかなあと不安もありましたが、そういう先輩議員の励ましを得て、元気100倍です。
週末をはさんで、何件ものお問い合わせやお申し込みをいただきました。嬉しいことです。
10月に中越地震5周年の行事が新潟県長岡市で開催されるので、そこに合わせて設立総会を行う予定です。(開催に当たっては、新潟の発起人の皆様にお世話になります。)
お申し込みいただいた方々にお会いし、会の趣意を確認し、お話し合いできること、今からとても楽しみです。
よい活動ができますよう、非力ながら尽力いたす所存です。

2009年05月09日

やさしさの輪

やさしさの輪の活動は、福井豪雨の際に多くの方々に助けていただいた私たちが、「困った時はお互い様」とその年の秋の台風23号被害や中越地震などの被災地に赴いたりした活動の一環として取り組み、多くの方々のご協力を頂き、多くの方の募金でなしえた事です。(インド洋地震津浪災害は平成16年の暮れでした)
平成17年、当時のイベントの様子です↓
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メイン会場で参加者が黙祷を捧げました。
 
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知事も挨拶

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ステージでは多彩なイベント

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福井大学の留学生や県内ALTが駆けつけ、各国料理の屋台を出しました。本格的でとっても美味しかった♪

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私は募金班担当。打ち合わせをして、福井春祭りをやっている足羽川原などのにぎやかな街に募金に出かけました。

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商店街での街頭募金・・・

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最後に募金集計。(ちなみにこれは当時高校生の長男↑、小学生の二女とともに、参加でした)
このほか、いろんな職場でもご協力頂き、200万円超の浄財が集まりました。

今後はお世話になった方々へのご報告が大事です。
・・・ということで、機会をとらえてはご報告させていただいています。
昨日は、地元コミュニティーFM局で話をさせて頂きました。(ちゃんと伝わったかな?)
今後は、県民活動センターHPや新聞等にお願い・・・です。
また、プラティープ財団のHPでも、ご紹介いただいています。
http://jp.dpf.or.th/node/101
おかげさまで4年半かかって、ようやくミッションに区切りが付きました。
責務を果たせたと、ほっとしております。
ご協力いただいた皆様に、心より感謝申し上げます。

2009年05月02日

やさしさの輪(タイスタディーツアー)

平成17年に、スマトラ沖地震津浪災害の被災地に、学校を建てようと言う事で募金活動をしました。 その浄財で、ようやくタイのパンガー県の孤児施設内に、「職業訓練の校舎」を建てることができ、それを見届けに、タイスタディーツアー(一行8名、3泊5日)を行いました。 (↓テープカットのもようです)
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ここはプラティープ財団の施設なのですが、津浪で親をなくし身寄りのなくなった孤児や2年間の養育補助金が打ち切られたとたん親族に見捨てられた孤児などを、やはり家族を失った被災者などがスタッフとして入り、80名ほどが集団生活をしておられました。(中には知的障害だからと見捨てられた子もいると聞きました)
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全体は、想像以上に立派な施設でしたが、被災直後の支援の手によって作られたもので、マスコミの目がいかなくなったら支援も引いてしまうのはどこの被災地もお定まり・・・。 運営資金や子供たちの今後の学費、心のケアなど、ソフト面が不足していると感じました。

感謝の心、思いやる心、信頼する心、そして何より、自分を大切にする心などがしっかり育まれ、幸せに暮らしていって欲しいと願うばかりです。

うちわや和紙をくださった皆様。
おかげさまで、全員が自分だけの作品作りに没頭できました。
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いい活動ができたこと、心より感謝申し上げます。
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2009年04月19日

山古志視察

議員連盟発足に向けた話し合いがスムーズに進み、翌日(12日)は、長島元村長に、山古志をご案内いただきました。
まずは復興推進センターでDVDを拝見。被災当時の映像は、緊急復旧に関係した機関が撮影した生々しいもので、特に全村避難の決断と住民の様子、復旧のために関係者を現地案内するため歩き回る長島元村長が、その心情を語っておられるシーンに、胸が締め付けられました。

山古志支所前.JPG
山古志支所前です。

現地視察.JPG
当時崩れた土砂が川をふさぎ、天然のダムができたところです。
ダム決壊を阻止するために、ダムサイト?の上にあった学校校舎の中を穴あけ、水を流したそうです。
山古志は、ダイナミックな日本の土木工事の集まったところでした。

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山古志が闘牛が盛んです。
闘牛用の牛は、バッファローをイメージさせる、とても大きな逞しい牛でした。
この黒い牛のオーナーは長島さんです。

牛舎のオーナーは、山古志の元気印の叔父さんです。
「この人ね、全村避難して、私のところに『自分を牛のところに返してくれ!』って交渉しに来たんだ。」
とのこと。
他の方にしてもそうですが、被災地山古志に戻って生活する人々は、心から故郷:山古志を愛し、その活性化のために一生懸命な人々なのでした。

災害ボランティア議員連盟

山古志の長島ハウス?(長島衆議院議員の、奥様が農家民泊を営んでおられるご自宅です)へお伺いしました。
目的は、防災に関する議員連盟を発足する準備です。
呼びかけ人・発起人としてお集まりいただいたのは、これまで被災地の復旧支援活動において何らかのマネジメントをされた国・都道府県・市町村議員8名です。
北は福島、南は愛媛から、「いざ、山古志!」とお越しの方々は、さすが災害ボランティア!、自己完結・自己責任で逞しくお集まりです。(愛媛から自家用車で来たN議員には、さすがにビックリ!)

さて、旗揚げしようとしている議員連盟の理念や活動内容ですが、発起人議員の多くの方が、議員として「災害ボランティア活動」のみに腐心しているわけではなく、自ずと地域防災全般に、自らの経験を活かしながら取組まれています。
それで、連盟も「災害ボランティアの復旧支援活動の環境整備」「地域防災力向上」「いざという時の議会・議員のあり方」「復興支援」といった全般的な防災・減災をテーマにしようという事になりました。
それらの事についての調査・研究・政策提言、あるいはお互いの政策などに関して情報交換するなどの活動につなげていきたいと考えております。
10月17日の設立総会めがけて、趣意書や規約作り、チラシ作り、呼びかけ、受付けなど、コマを進めて行く所存。

・・・が、何分にも『事務!?』を仰せつかった私が微力ですので、皆様に助けていただきながらの歩みです。
大丈夫かなあ・・・・・・(- -;))

話し合い2.JPG

話し合いの最中は、進行役だったので撮影できませんでした(^^;)
これは、あらかた話し合った後で、長島衆議院議員を囲んで、談笑しているところです。

2008年07月20日

災害からの学び

福井豪雨から4年経ちました。また、今年は福井震災から60年目なので、6月、7月は災害関係の報道が多くありました。
内容は、当時の回想と現在の防災対策に関してです。

私の所属するNPO法人ふくい災害ボランティアネットの、特に水害後の4年間を振り返ると、災害ボランティアの啓発・育成を全県的に行ったのが初期。県内をいくつかのブロックに分けて、県とともに社協や市レベルのボランティアネットワーク作りなどを進めました。
同時に浮かび上がった「災害時要援護者」の支援のありかたという大きな課題に対しては、私達だけではなく、関係各団体が真剣に取組まねばと、ご存知のように全国フォーラムを行い、メッセージ発進を行ないました。
http://info.pref.fukui.jp/danken/sv/svforum.html
その後は県内自治体でそれを進めるべく、理事長中心に自治体支援(研修など)を行なっています。

要援護者支援を考えるほどに必要不可欠なのが「自主防災組織」です。
福井市では組織つくりからスタート、越前市では旧来の「消防の補完」という範囲での自警隊組織率は高かったのですが、広く防災活動をするための地域ネットワークとして新たな組織つくりを進めています。
マスコミも要援護者支援や自主防の組織作りはその度に大きく取り上げてくださっているので、難しい課題だけど、県民・市民の方々のモチベーションは高まっていると感じています。

私や顧問(県議)は行政に働きかけるという立場で動き、NPOとしては関係者と一緒にそれらを作るという役割にあります。
いくら行政から「自主防作って」と地域に投げかけても、人が簡単にその気になるわけではありません。研修会などで実際の現場の状況などをお伝えして、地域の人が心から「自分達で備えなければ・・・」と感じていただけるようにする。人の気持ちを喚起することができる「松森理事長講演」は自治体から町内会までお呼びがあります。

そういった地域の備えを固める活動を行って4年・・・です。

個人的には越前市が県内のトップを走ってくれればと思いながら自分の活動を行っています。地域防災計画の見直し(水の補給計画などを一段進めていただきました)自主防災連絡会、地域安心安全ステーション事業、消防団協力事業所の表彰、各種団体との災害協定、総合評価入札での防災協力事業所の加点、災害時要援護者支援制度・・・
何かを進める自治体があれば、周辺自治体も追従するものと思うからです。

地震、重油、水害・・・と、いくつもの被災経験のある福井です。
これからだって何があるかわかりません。
いざという時のための備えは、被災後にこそしっかり進めるべきと考え、行動している次第です。

2008年07月09日

水防訓練

6日(日曜日)市の水防訓練がありました。
毎年、赤十字や災害ボランティアとして防災訓練に参加しますが、たいてい地震想定ですから、間近で訓練を拝見するのは初めてです。

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途中、ちょっと中に入って、土嚢の結び方を教えていただき、2~3個作らせていただきました。また、福井豪雨の時にボランティアで土嚢を積んだとき、あとで土建屋さんに「う~~ん、つみ方がなってないから強度が3分の1しか出ないよ。」とご指摘いただいたことがありました。その「土嚢の有効な積み方」↓もしっかり拝見。

シートと土嚢.jpg

水防団の方々は、袋の向きを揃えて、少しずつ重ねながら積んでおられました。

暑い日差しの中でしたが、長袖・ライフジャケットという服装で、一生懸命作業されていた団員の方々に、敬意を表する次第です。

2008年05月09日

ミャンマー支援

「ミャンマーの支援は義捐金と救援物資のみ受け入れ」という旨のニュースが入ってきました。「人は入るな」です。
軍事政権に義捐金を渡す場合、さまざまな疑問があります。
要は、使途が公平・公正で人道的であるかということですが、それをチェックできないと言う事です。

大きな疑問の一つ:ミャンマーの通過「チャット」はどのレートで価値換算するか・・・です。

①正規の外国為替レート、中央銀行の定める公定レート(1ドル=約6チャット)
②公認交換所での政府公認市場レート(1FEC(約1$)=450チャット、2008年2月現在)
③実勢レート(1ドル=1160チャット、2008年2月末現在)

この3つの換算の仕方があるからです。
ちなみに「輸入品価格の査定や輸入関税の算定」には②の公認市場レートが使われます。でも実際の経済活動のほとんどが③の実勢レートで行われています。
①と③では200倍近い開きが有ります。
仮に1億円支援したとしたら、それを6億チャットとして使途を報告されるのでしょうか、1160億チャットとして報告されるのでしょうか・・・。

2008年05月08日

ミャンマー サイクロン災害

気になっています。大好きな国だからです。(政権ではなく国民が・・・です)
何年前になるか、今は軟禁中の某さん宅を訪問した際に、
「ミャンマーにNGOはない。寄付金は政権が勢力拡大のために利用する。お金を渡してくれるな。」
という旨の話を伺いました。

人権が尊重されない国だと認識しています。
それだけに、被災者の支援を各国が強力にすべきと思います。
でも、その支援がどこにどんな形で届いているのか、責任もって監視する必要が有ります。
特に、国際支援の場合の日本の対応は「甘い」と考えています。

キラキラした目の、笑顔の素敵なあの国の方々の、無事と一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

2008年03月06日

川メール

「川メール」というものが、国交相河川局から全国市長・町長あてに配信されています。
今回9号なのですが、参加している小委員会の紹介が、局長よりありました。
一部をご紹介します。
***************************************************************
[川のある豊かな郷土を愛する方々へ]
●ユビキタス社会と川
(略)・・・地球温暖化に伴う気候変動による海面上昇や集中豪雨の激化などを
考えると防災情報の提供などのソフト対策は、ハード整備とあわせて益々
重要性が高まります。
一方、インターネットや携帯電話、地上波デジタル放送など情報通信技術
(ICT)の発展はめざましく、「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」がネッ
トワークでつながることによって様々な情報やサービスを双方向で交換
できるユビキタス社会の到来が現実のものとなっています。防災情報だ
けではなく、普段の川の状況や情報も双方向で交換・共有することによ
り、川の利用や川の管理もより促進・高度化されることが期待されます。

 こうした状況を踏まえて、国民の目線に立った次世代の河川管理への
改革(イノベーション)を行うために社会資本整備審議会河川分科会に
「ユビキタス情報社会に向けた次世代の河川管理のあり方」検討小委員
会を設置して、議論を重ねてきました。3月3日に開催された第4回委
員会では、これまでの議論をまとめた提言骨子(案)についてご審議い
ただき、今後パブリックコメントを経て、提言としてまとめていただく
予定です。委員会の資料や議事録は、
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai/ubiquitous/index.html
に掲載していますので、ご一読いただき、ご意見をいただければ幸いで
す。
**************************************************************
おかげさまで、存分に防災観点と地方住民の観点から、自分の考えを述べさせていただいています。実行性のある提言になりますようにという、願いも込めて・・です。
よろしかったら、来月公開の提言案に対し、パブリックコメントをよろしくお願いいたします。
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2007年12月31日

今年もあとわずか・・・

あと1時間あまりで、2007年も幕を閉じます。
猪年は暴れ年(!?)とかで、災害に注意・・でしたが、能登半島地震、中越沖地震と、災害がありました。猪・・・のせいでしょうか・・。
被災された方々が穏やかな新年をお迎えになられますようにと、祈るばかりです。

さて今日は、午後からの積雪が30cmを越えました。夕方には車が轍で「亀の子」になり(乗り上げて停止する事です)、3台ほど立ち往生・・・。
でも、越前市平野部はたいしたことがないので、除雪車の出動がありませんでした。そこで支所や庁舎、あげくは除雪車の事務所まで、除雪のお願いに行きました。
「こんなとこまでやって来た!」と笑われましたが、山間で困っている事、体温を伝えるにはしかたありません。
なんとかお願いして、今立地域は除雪17:00時出動となりました。おかげで3台の車も救出され、夜の道路の通行も大過なく出来るようになりました。除雪作業の方々は、まだまだ降り続く雪に、夜を徹しての作業になろうかと思います。
頭が下がります。どうかご無事で・・・。

さて私は、うちの集落の挨拶回りを終え、除雪基地にお礼に行き、これから新年を迎えます。
今年、いろんな事がありましたが、こうやってブログを書いていられることを幸せに思います。これも、いろんな方面で支えてくださった皆様のおかげです。どうもありがとうございました。今年1年を反省しつつ、年を越したいと思います。

皆様、どうぞよいお年をお迎え下さい。

2007年11月07日

土砂災害防止法②

さてその「山を『守り』する人を大事に・・・」ですが、実際私の住む地域は、福井豪雨の後、砂防堰堤工事などが進みました。たいへんありがたいことです。
課題に感じているのは、急傾斜地の崩壊対策です。
(地域住民の生活に近いところにあるので、目に付きやすいのかもしれませんが・・・。)

これは昭和44年に施工された「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」に基づき、砂防工事の査定が行なわれています。
危険箇所の条件は
「がけの高さが5m以上、傾斜度が30°以上でそのがけの崩壊により被害を受ける人家が5戸以上かあるいは公共的建築物(官公署、学校、病院、駅、旅館等)が存在する所を急傾斜地崩壊危険ヶ所」
です。
 実際には、国の砂防工事採択の基準が「保全人家個数10戸以上」で、9戸以下は地方自治体次第(例えば、大分県は5戸~9戸が県単独事業(県費)、1~4戸が市単独事業(市費)という規定あり)です。
 「国の採択基準に当てはまらなかったら、県や市でね・・・」という事なのですが、このご時勢、費用対効果の低いところのインフラ整備にかける予算は、「ない」に等しいようなもの。福井は県単の採択、厳しさを増す一方です。(市単・・・「ない」!)
 市の担当課は、住民からの要望があって応えたくても、国の基準に引っかからなければ首を縦にふれません。これが実情。

 せめて災害時の一時避難場所だけでも安全確保がなされて欲しいところです。
この点に対して
「災害時要援護者関連の重要施設」があれば10戸以上、重要でなければ20戸以上という条件に当てはまれば国が採択してくださるのですが、う~~ん・・・・例えば我が市には1集落10戸以下のところだってあるわけだし、避難所なんて全国平均住民の10%~15%ほどしかカバーできていないくらい、数的には不十分。つまり、実際の1次避難場所は、公共の建物ばかりではないわけです。(わが谷の各集落の1次避難所は、公民館がわりのお寺!)
国の採択基準に当てはまるって『ラッキー』なこと!?
なかなか地方の現場では、公式どおりに行きません。

国の担当の方は「国でだめなら県で・・・と思っていたけど、実際、そうは行かないと伺い・・目から鱗でした。」と述べられました。
県の方も沈黙・・・
懇談後、市の担当者とそのことを話したら「そうなんです。国がダメだったら何もできないんです。そのことを知っていただきたい。」と言われました。

お国の偉い方と2時間もお話し合いさせていただきましたが、地方の実情を聞いていただけたこと、心より感謝しています。「ユビキタス情報社会における河川管理・・・」的には、流域全体の情報(特に中山間地域、水源域に関して)が、平時広く周知されるようになってほしいなあと望んでいます。

急傾斜地に関しては、せめて「災害時要援護者関連施設『等』」にして、10戸以下でも面倒見てくださいませ・・。はい。

土砂災害防止法①

先週の国交省での委員会の席で、私は
「国の考え方は、例えば『急傾斜地など危険な区域を高い費用をかけて直すより、新築を規制したり移転の補助を出したり』・・つまり『出て行った方がいいよ』という方向なのではないか?中山間地で山や田畑を守る『人』を大事にしないと、過疎高齢化や水源域の『荒れ』が進む」
という主旨の発言をしました。
その件で、先日、別件で来福された土石流の専門担当官の方が、県の担当者の方々と共に、私の所に説明にお越しくださいました。(庁舎別館で懇談)

 まずは「土砂災害防止法」。
この法は、土砂災害から国民の生命を守るために、土砂災害の恐れのある地域についての『危険の周知』『警戒避難体制の整備』『住宅等の新規立地の抑制』『既存住宅の移転等のソフト対策を推進しようとするものです。
 これが私には過疎に拍車をかける恐れがあるのでは・・・とひっかかっています。

 教えていただいたのは、この法が平成11年に死者24名を出した呉土砂災害をうけてのもので、宅地開発が山の斜面近辺の危険なところにまで及んでしまうことへの懸念から作られているということです。
 対策として、まずは土砂災害警戒区域の調査・指定を進める。しかしそれらを直せればいいけど、全国には危険区域が膨大な数があります(福井県内は6000箇所以上、越前市内約700箇所)。全ての危険箇所を対策工事だけで安全にするには、膨大な時間と予算が必要となるため、対策工事に加え、ソフト対策を充実させることが必要となります。そこでで『危険の周知』『警戒避難体制の整備』『住宅等の新規立地の抑制』『既存住宅の移転等のソフト対策』となるのだ・・・ということ。
 
 この『住宅等の新規立地の抑制』『既存住宅の移転等のソフト対策』部分は、行き過ぎた宅地造成を規制するという視点からは納得できます。
 でもやはり昔からそこにあった中山間地域、過疎高齢化の進む限界集落・・という立場からすると、「危険です」「直す費用がありません」「移転されるなら補助します」・・・・・では、次世代の若者達が集落を出て行くのをとめる術もなくなります。
 実際、私の周辺でも、中山間地域の小学校の児童減少の凄さ・・・30%40%・・となだれを打ったように若い世代が出て行き、耕作放棄地、手入れ放棄林野は増える一方です。仮にお金をくれたとしても、担い手がいない状況です。(もちろん、その原因は多岐に渡るものですが・・)
 そのような山の中の実情をお伝えしたら、
「確かに、そういう視点は抜けてましたね。」
とおっしゃってくださいました。
はい、山を「守り」する人のためのインフラ整備が大事だと思うのです。

2007年10月22日

国交省 社会資本整備審議会河川分科会

タイトルの中の
「ユビキタス情報社会にむけた次世代の河川管理のあり方検討小委員会」
の委員に拝命され、8月24日に第1回委員会がありました。
昨年度の
「建設機械等による災害対処・復旧支援に関する懇談会」
の委員拝命に続き、2度目の大役です。
それぞれテーマをいただくごとに、私にとっては勉強です。
テーマについて考え、そして、私にはどういった視点からの意見を期待されてのことかを考えます。
私は情報の専門家でもなければ河川管理の専門家でもありませんから、やはり、水害でのボランティア活動経験や被災者の視点、地方の現状などを民の立場からリアルに考えられるということが、ポイントなのではないかと思っています。
・・で、やっぱり情報専門用語は難しかったのですが、山間地域に住むものとして、河川を流域全体として捉えて整備を考えて欲しい(国直轄とか県管理、市町村管理という行政の境界線を越えて・・・)といったことを、まだまだ携帯電話の不感地域が多い中山間地域の現状などとともに、お話させていただきました。

http://www.mlit.go.jp/river/
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai/ubiquitous/index.html

それを、河川局長さんが、じっと・・・・本当にじっと、聴いてくださっていたのが今でも感動と共に心に残っています。
心ある人は霞ヶ関の中枢にもおられます。
私の知る国の行政マンの皆さんは、大変熱心で優秀・・・真面目な方が大半です。
これまでいくつかの省庁を訪ねましたが、大量の資料に埋もれた事務机に向かい、一生懸命お仕事をされています。
その姿勢や職場の緊張感は、地方の行政関係者にも見ていただきたいほどです。
昨今の、新聞テレビをにぎわしている不祥事が、けっして国の全てではありません。

次回委員会は11月です。
しっかり自分の役割を果たすべく、しっかり勉強して臨みたいと思います。

2007年10月20日

防災倉庫

このたび岡本地区自治振興会防災安全部会が、「平成19年度コミュニティ助成事業、自主防災組織育成事業(新設の自主防災組織)」で、防災倉庫および資機材を、助成していただきました。これは、財団法人自治総合センターが、コミュニティの健全な発展と宝くじの普及び広報事業を行うために、コミュニティ活動に助成を行ってくださっているものです。
昨日、購入資機材の一部が納入され、その立会いに行きました。
岡本地区公民館駐車場の一角に設置された新しい倉庫の中に、炊き出し用の大がまや担架と一輪車、救急セット、間仕切りなどが入りました。
「あぁ~~♥、レスキューセット♥♥」
と、早々に中を開けてバールやツルハシ、カケヤ等に見入っていると、
「そういう道具に嬉しそうにする細川さんが不思議。」
と、事務局の女性が目を丸くされました。
・・・たしかに、カケヤをうれしそうにスリスリする女性はめずらしいかもしれません。
・・が、本当に嬉しい・・・、嬉しいのです。
これらを訓練に活かし、さらに防災意識を高めたり、コミュニティー育成の一助になったりすればと思うとわくわくします。
月末には、小型の除雪機も来ます。
狭隘道路や災害時要援護者の方々の玄関先などを除雪するという活動が始まれば、本当にこれを機会に、積雪時にも「地域で手を差し伸べあおう」とする気運が高まると思います。
この助成事業に、お力添えを頂いた多くの方々に、心より感謝申し上げます。

2007年08月30日

福井県総合防災訓練

26日は、県の防災訓練でした。
各種関係機関が、つぎつぎと自分達の持てる技を披露します。
福井新聞に、写真が掲載されました。
(でも誰も私と気付いてくれませんσ(・・)・・・何故?)

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2007年08月09日

フォトギャラリー1

はっと気付くとお盆も目の前です。
デジカメにたまっていた写真を並べてみました。
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越前市防災訓練(西地区)・・・避難所に向かう住民の方々を、誘導されているのは交通指導員さん方です。
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避難所の入り口・・・災害時要援護者役の方々が、早めに避難所に来られました。
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地域ごとに割り振られた場所に集合・・・です。

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西地区の自治振興会防災案全部の方々の作られた、西地区防災マップです。
作成段階からふくい災害ぼらティアネット松森理事長のアドバイスを受けながら、実践的に考え検証して作成されていました。印刷して各戸に配布されたそうです。
市の作成した2000万円のハザードマップに、勝るとも劣らずのすばらしいマップと感心しました。

2007年07月18日

福井豪雨災害から3年

7月18日です。
あの豪雨からちょうど3年が経過しました。
あの日は新潟県三条市でボランティアセンター立ち上げ・運営の支援をしていました。朝にボランティアさんたちを現場に送り出し・・・っていうところに福井での豪雨の一報を受けました。時間雨量97ミリ・・・に驚愕し、大急ぎで現場に出たメンバーを呼び戻し、福井へ戻りましたた。
その途中の北陸道のパーキングで、私は現場を見ずして今立にボランティアセンターを立ち上げる事を決断。その決断は、私にとってそれまでで最大の「突っ張り」でした。
そこからは急ピッチでセンター開設に向けて走り回り、翌朝には今立の現地ボラセンを開きました。
なんだか遠い昔のようで、そこからの一ヶ月あまり、仲間とともに突っ走った一ヶ月あまりが、私の人生のピークであったと、当時も今も、そう思っています。

その後、町としてその被災時、そして復旧活動時の検証が不十分と考え、きちんと防災対策をしなくてはいけないと課題を抱え、それらがバネとなっての教員退職、議員立候補でもありました。
私の人生を大きく変えることになった「福井豪雨」・・・。
なければ、私は今も教員でしょう。

災害は、多くの人の人生を変えます。
あってほしくないものです。
でもそれが、この3年間だけでも次々と起こり、今も新潟・石川の地震被災地の皆さんを苦しめています。
その苦痛を少しでも軽減し、助ける事ができるのは、やはり「人の力」に他なりません。
困った時はお互い様・・。
あの時大勢の方々に助けられた越前市(旧今立町)の市民として、他の町で起こる災害に対し、できる限りの支援をしなくてはなりません。ご恩返しです。
一市民としての視点はもちろん、議員として市としての視点でも、しっかり考えていかねばならないと強く思うところです。

2007年07月16日

柏崎沖で強い地震

新潟、長野などの被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
また、被災地域行政等関係機関、災害緊急対応の各機関の皆様に敬意を表するとともに、ご活躍と安全を心よりご祈念申し上げます。
ふくい災害ボランティアネットBBS
http://8606.teacup.com/fukuinet/bbs

2007年06月02日

防災講演会

講演会の依頼をいただき、南アルプス市へ行きました。
「被災地と救援活動」「自主防災組織とボランティアの連携」
2本、いずれも中身の深いお題を頂戴しました。
まずは災害の酷さと被災者の状況を、パワーポイントの映像で感じていただき、
被災地・被災者のために、有効な活動を支えるために、ボランティアセンターがうまく機能するために、何に気をつけていけばいいかを話しました。
後段では、地域の防災力向上のための自主防災組織のあり方・活動内容や、災害に備えるための知識も時間一杯、精一杯紹介しました。
会場はあやめホールというところです。
350席の会場は、円形のステージや階段状の客席、2階席まであります。
講演にはもってこいの会場で、映像を使って話す環境も、大変素晴らしいものでした。
夜の地域に対する講演会では、駐車場に続々と車の入るのを見て、たいへんプレッシャーがありましたが、2階席にまで人が入ってくださり熱心に聴いてくださいました。
感激とともに、仕事でお疲れの後だというのに真摯に遅くまで聴講された参会者の方々に、心より敬意を感じました。
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南アルプス市は、サクランボ、桃、葡萄などの果物がたくさん栽培されています。
「佐藤錦」「高砂」といったサクランボは、ちょうどハウス栽培と路地栽培の端境期にあたりましたが、ハウスの隅に残っていた果実は完熟状態で宝石のように光っていました。
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また、私の出身大学のある都留市も訪問しました。
写真は「つるのおんがえし債」という市民債を活用して作った『水車発電』です。
これで市役所の約20%の電力を作るのだそうです。
場所が市役所庁舎と小学校の間にあり、環境学習にもよい教材なのだそうです。
いろいろと市役所の方にお話を伺うと、随所に『知恵を絞った』政策が見受けられます。
参考になる事が数々ありました。
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大学にも25年ぶりに行き、事務長さんと話をする事ができました。
綺麗になり大きくなっているキャンバスに、昔の面影を探して見つけては感激していました。
最後は東京港区の芝公園で見つけたマンホールです。
防災用に、いざという時にトイレとして使用できるふたがあります。
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公園内には他にも、ソーラー街灯や雨水を溜めて使える地下タンク、かまどベンチなど工夫が一杯で、道行く人々もその説明看板に足を止めて見ています。
こういう備えがこれからのまちづくりには必要であるし、人々の感心も集まっていると感じました。どこの街も財政難の中だろうと思われますが、必要な事はしっかりと実行されていました。
講演会が、地域防災力向上の一助になると嬉しいなあと思いながら、帰ってきました。

2007年04月29日

兵庫県豊岡市の

中貝市長から、書籍を頂きました。
「河川文化」 ―河川文化を語る会講演集〈その23〉―
です。中にはいろんな方の5つの講演記録が掲載されており、中貝市長は特別講演として最後に登場されています。
題は「水害とコウノトリの物語 ―豊岡の挑戦― 」です。平成16年の台風23号での水害時の災害対策から現在に至るまで、市の取り組みが綴られています。
早速に拝見しました。
忘れもしない平成16年(福井豪雨や中越地震のあった年です)、10月には日本中を台風23号が襲いました。それに伴う大量の雨で、豊岡市を流れる円山川の水位が急激に変化します。そして堤防決壊、被災、避難・救助、災害ゴミとの戦い、ボランティア等の支援・・・その時の様子が、苦悩とともに描かれています。私も「福井県災害ボランティアセンター連絡会」が出石町(現豊岡市)に出したボランティアバスのナビゲーターとして、被災後でどろどろの出石町や豊岡市に何度か伺ったので、当時を思い出しながら読み進めました。
中でも「災害対応の検証」の項では、災害時の災害対策本部での判断を「追体験していただきたい」とのことで、状況の変化とそのときの市長の判断や対応が、時系列で詳しくリアルに述べられています。首長として迅速に精一杯災害対応をされておられるのに、それでもどんどんと川の水位は上昇し、危機対応とその判断が次々と迫られます。そしてついに起きてしまう闇の中の堤防決壊、被害・・・その文章には「災害対策本部は機能不全に陥ります」「できることはもう何もありませんでした」と書かれています。
文章で書かれた「追体験」なのですが、中貝市長のお気持ちを慮ると胸が締め付けられ、涙が出ます。
またそこには、「避難情報の出し方」や「災害に対する3つの備え」など、まさに「災害から得た教訓」が書かれています。災害を経験された市長の言葉はたいへん『重く』感じます。そして、それらは何処にでも当てはまる事であるわけで、私の住むこの「越前市」でも教訓とし、災害対策に是非とも取り入れなくてはならない事ばかりです。
今立も、福井豪雨で被災をし、死者も1名出しています。
でも、残念ながら行政としての災害検証は目にも耳にも入ってきません。私は山のようにやらなくてはならない事があると思っているのに・・・。
だから、中貝市長の「災害から真摯に学ぶ」姿勢はたいへん尊いと感じます。
その姿勢があるから、その後のまちづくりでの「ビオトープ水田」「自然との共生」「コウノトリの歴史的放鳥」へと繫がったわけです。
感銘を受けるとともに、書籍を送ってくださった中貝市長に、心より感謝と尊敬の念を表します。


2007年04月21日

安心・安全なまちづくり

昨年の初議会で、「自主防災組織の育成」や「非常時の情報伝達」などについて、今年の3月議会で「地域防災計画の見直し」について・・・などを質問しました。
「地域防災計画の見直し」では、給水計画を「1人3リットル(生命維持必要量)」から3日目以降は増やして、応急の生活のために必要な量にする計画に見直すことを、その場で回答いただきました。
(水道部長さん、えらいっ!~\(^o^)/~)
そしてさらに、新年度に予算付けをした事業(災害時要援護者対策や自主防災組織の育成補助事業など)が進み始めます。(↓P9)
http://www.city.echizen.lg.jp/mpsdata/web/5391/kouhou4gatsu.pdf

安心・安全なまちづくりに向けて、少しずつ進んでいただけていることを、たいへん喜んでいます。

2007年03月30日

能登半島地震

定例会が終わり、仲間の選挙のお手伝いを・・・と思ったとたん、能登半島地震です。
ふくい災害ボランティアネットでは、石川の人材育成の講座やマニュアル作りに携わってきたので、他人事ではありません。
 その関係で県ボランティア本部立ち上げ支援に石川入りしました。私は、県本部を立てるために、現地調査に入りましたが、その途中、「門前でボラセン設置」と知らされ、設置支援に切り替え、現地に入りました。
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【門前支所の一室↑】
初めは地元の養成講座受講生2名が、門前支所で設置に向けて走っていました。
程なく社協の方などが来られ、とりあえず集まった者で設置に向け準備・・・。
当初は混乱に次ぐ混乱で、「門前、何してる!?」と、金沢からお叱りも受けつつ・・・でも、なんとか修正をかけながら、センターオープンにこぎつけました。
JC(青年会議所)県ブロックの参加が大きかったです。 どうしても愚痴や持論展開などで「語るのみ」の人が多い中、JCメンバーはしっかり動きます。実働部隊としていい仕事を行ないます。
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【打ち合わせ中】
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【↑27日朝、避難所にてボラセンへの依頼方法を説明】
ともかく、いろんな道を切り開きつつなんとか4日目には地元中心の組織を組み立てることができ、協働でセンター運営が回転。金沢や福井からのボラバスの受け入れを見届けて、ほっとして帰宅しました。
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 そして、気付いてみれば今日は県会議員選挙の告示日です。
頭を平常時モードに切り替えて、仕事をもとに戻すべく努力しています。
・・・そんなこんなで、あっという間に3月が去っていってしまいます。

2007年02月20日

自主防災組織研修会

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越前市市民ホールで、区長さんなど各地区の防災に携わっていらっしゃる方々を招いて、「自主防災組織研修会」が行なわれました。
講師はふくい災害ボランティアネット理事長、松森和人氏です。
市長と議長の挨拶などの後、小学校区単位にテーブルに別れた約350人の参加者は、災害シュミレーションを行ないました。そして、災害時(地震を想定)に具体的にどういう状況になり、どういった行動を取れるのかを想像してみて、「自助・共助」の大切さを学び、自主防の必要性や役割を考えました。
うちの団体が、こういう会を福井市で行なったのは、3~4年前だったと思います。
その後の福井市での自主防災組織の活躍を見るにつけ、「是非とも越前市でも・・。」と願い、議会を通じて働きかけてきましたので、今回このように研修会が開催された事は、私にとって本望です。関係者の方々に、心より感謝申し上げます。
真剣なまなざしで地域でなすべきことを感じ取ってくださった参加者の皆様が、それぞれの地域で、実際に行動に移していただけますようにと、切に願う次第です。

それから、防災安全課や議長にお願いをして、研修会場に「議員テーブル」を設けていただきました。十数名の市議会議員の方々がご参加くださり、市民として、議員として、どのように行動すべきかを考えました。越前市の議員さん方は、一生懸命勉強される方が多い・・・。ありがたいことです。

今回は短時間でしたので動機付けの研修でしたが、これらが今後充実していくように、地域の防災力が向上しますようにと、私もますます頑張っていきたいと思います。
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2007年02月17日

建設機械等による災害対処・復旧支援に関する懇談会 終了

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今年度お引き受けしていた国土交通省の表題の委員の役割が終了しました。
私は、建設機械などを扱う場合の、専門災害ボランティアの補償制度の整備や、行政の専門ボラ団体に対する理解、資機材の保管、除雪ボランティアの現状などなどを、ボランティアの立場から述べてきました。このたび提言書をまとめ、国に提出となりました。役割を終えて、ほっとしたと同時に、こんな機会を得たおかげでいろんな勉強が出来た事などへの感謝の気持ちでいっぱいです。
また、素晴らしい方々と同席できたことも、私にとって大きな財産となりました。
この提言で、具体的な防災対策の成果が生み出されることを期待しています。
【委員】
座 長 河田京都大学防災研究所所長
委 員 荒井 (社)全国機械器具リース業協会会長、 稲垣中越復興市民会議事務局長
     久住新潟県見附市長、 黒澤日本財団公益・ボランティア支援Gグループ長
     鈴木建設無人化施工協会会長、 中貝兵庫県豊岡市長
     ふくい災害ボランティアネット副理事長(細川)
     山下全国コンクリートカッター工事業協同組合理事長
     山田 (社)日本建設機械化協会製造業部会幹事長   (五十音順)
     国土交通省総合政策局建設施工企画課長、 河川局治水課長
     河川局防災課長、道路局国道・防災課長、 北陸地方整備局企画部長

2007年01月25日

災害ボランティア活動の環境整備に関する連絡協議会

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この協議会は、災害ボランティアが被災地復旧に大きな役割を果たすという認識の元、その環境整備のための情報交換及び課題抽出、調査研究のために設置されました。 
私は、ボランティアの立場と、議員として行政に働きかける立場と、その両面から今何をなすべきか考えたいと、意見交換会に参加しました。
基本的には「官民協働」がベース。実際の活動における課題は、内閣府主催のものや他の研究会等を見渡しても、だいたい同じ事が上がってきます。
人: 誰がやるのかを平時から決めておく。
    できるだけ多くの分野の組織に、参加を呼びかける。
    連絡会などを作り、顔の見える関係になるように研修会などを合同で行う。
物:  企業との協力関係を構築しておく。
    物資保管場所の確保。
    行政区域を越えた被災地への物資協力ができる環境作り。
金:  物資の調達基金が望ましい。
情報: 災害時要援護者等の個人情報の管理・開示などの取り決めをしておく
    広域被災の場合、情報交換を行い、地域間格差を調整する。
     ボランティアセンターの情報と、被災地災対本部との情報のパイプ作り。
    情報発信・問い合わせ窓口の管理
などです。これらが、現状の災害ボランティア活動における課題・ポイントの共通項目だと考えます。でも福井県に於いては、上記の課題に対する解決のための仕組み作りができているので(福井方式)、この分野では先進地でしょう。福井豪雨災害のおりには、その仕組みが大いに役立ち、効率的でパワフルなボランティア活動が展開できたわけです。
 越前市では、市の「地域防災計画」において、県と連携することや市として受け入れ体制を早急に確立することを唱っています。また、昨年には、6つの団体からなる越前市ボランティアセンター連絡会が設立されました。市としては、良い方向で「産声を上げた」段階であると考えます。今後はこの動きを、上記のような実際の課題と照らし合わせて、これから乗り越えるべき課題を抽出、解決の方策を探り、市としての災害ボランティア活動の環境整備を推進していきたいと思っております。
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2006年11月12日

障がい者と考える防災

敦賀市の「あいあいプラザ」で、防災の後援会を行ないました。
障がい者の方や、ケアマネージャー、赤十字奉仕団、民生委員さんなど福祉関係者の方々が対象です。
福井豪雨の時の状況から、「自助・共助」の大切さを感じていただき、早めに情報をつかみ避難するため役に立つ知識をご紹介(雨量や河川情報の目安や、発令される避難情報など)、次にその後進んできた「災害時要援護者対策」の現状などを話しました。
ステージの隣で、要訳筆記と手話通訳をされているので、いつもよりぐっとゆっくり話しました。
ゆっくり語ると、笑いを差し込むのが難しいと思いました。
真面目~に1時間、でも、熱心に話を聞いていただけて、ほっとしています。
敦賀の行政の方が、身を乗り出して聞いてくださったのですが、もしかしたら、「こういうやり方がありますよ」「こういうやり方はよくないですよ。」って、行政担当の方対象に話してしまっていたかもしれないなあ・・・。

ところで、私の講演は、基本的にパワーポイントを使ったうえで話します。
議会も、パワポ、使えるといいのになあ・・・。

2006年10月09日

北朝鮮核実験

北朝鮮で核実験が行なわれたとの報道がありました。
事実ならば、とんでもないことです。
国際世論の非難が集中し、ますます孤立すると分かっていて、それでもなお強行する北朝鮮首脳部の頑なさが恐ろしいです。
アメリカ合衆国、中国、ロシアの対応、日韓首脳会談を注視し、日本には毅然とした対応を望みます。

またこのような自体に備え、危機管理に携わる方々は、連休中にあっても核実験対処のため警戒態勢を取られて、速やかに動かれておられます。そういった人々の尽力の上に、今の平和があることを、あらためて感謝しなくてはなりません。

2006年10月05日

自主防災組織

地域の防災力向上の、要となるのが自主防災組織です。
平成15年度から、ふくい災害ボランティアネットは福井市の自主防災組織や地域の役員さん方対象に、防災の研修会を行なってきました。(今年度は、私の選挙のためできませんでした)折りしも福井豪雨災害が起き、福井市では組織作りが進み、活発に活動を展開し始めています。
我が越前市は、自警消防隊がいわゆる自主防災組織に当たります。その歴史は古く、昭和26年頃には、初期の組織が作られています。その活動に関して、消防議会で質問させていただきましたが、消火活動の補完的な内容です。阪神淡路大震災以降、自主防災組織に求められる役割は、従来のそれより、ぐっと広がってきており、今は「再強化」の時期でもあります。越前市自主防災組織については、地域振興会の防災安全部会や、防犯隊、交通安全指導員会などの関係団体との連携が必要だと考えます。
一般質問で述べさせていただいた「連絡協議会」・・・設置に向けて、これからも働きかけていきたいと思っています。
特に、災害時要援護者への対応は、区長さんや民生委員さんにおまかせではなく、地域ぐるみで取り組むべきだと考えますので、自主防災組織の役割は大きい・・・。
道は簡単ではないけれど、プッシュ、プッシュ!!・・・で~す。

2006年09月30日

議会終了

9月議会及び、消防組合の議会、ともに無事終了いたしました。
「災害に強いまちづくり」がやりたくて議員になったのだから、両議会とも、まずはそれを目指して質問させていただきました。
・山間地水害について、被災履歴・住民の声をよく聞いて、客観的な判断基準を持ち、適切に対応して欲しい。
・防災業務無線などの整備
・避難情報の出し方、安全な避難についてさらなる検討を。
・災害時要援護者対策の推進
・自主防災組織の活動の活性化と、関係組織・団体による連絡協議会設置
などなどの要望をあげましたが、前向きに取り組んでいただける旨、議会中や議会後に、回答いただきました。
よかった!
防災力向上に、ぐっと前進できそうです!!
できてなかったら、また聞きますから・・。

「安心・安全なまちづくり」のために、次回は違う角度からのアタックをと考えています。

2006年09月03日

防災訓練

本日は小浜市で、福井県防災訓練がありした。
今回は「赤十字救護奉仕団」の委員長としての出動です。傷病者の救護訓練。
救護所の近くでは、「ふくい災害ボランティアネット」はじめ「福井県災害ボランティアセンター連絡会」の皆さんが、ボランティアセンターの運営訓練を行なっています。災害ボランティアとして、そちらの立場で参加したこともありましたが、今回は立場上、赤十字で動きました。
ファーストトリアージ(傷病者選別をして緊急度の高い傷病者から搬送)を行ったり、応急手当を行なったり・・・さらには、医療救護訓練そのものが上手くいくよう、いい訓練になるよう、仕切っていきました。医療班には喜んでいただけたと思っています。

会場には「南越消防組合」も来ていました。
はい。ユニホームかっこいい!除染の防護服もいい感じ!・・・な~んて惚れ惚れしながらきびきびした訓練風景を拝見しました。(私、消防組合の議員でもあります。)
いざという時、消防、自衛隊、警察の方々は頼もしい!私、ファンですので、訓練でご一緒させていただけるのを、毎年楽しみにしております。

それから、訓練とはいえ、「現場!」っていう空気や「現場判断」を臨機応変にくだす緊張感があります。おかげ様で久々に闘志が湧いたし、充実感、達成感を味わうことができました。とっても疲れましたが、面白かった!
10月には赤十字第3ブロックの合同訓練がありますが、そちらはもっと黒子に徹して運営補佐をしようと思っています。楽しみ~。

2006年08月30日

建設機械等による災害対処・復旧支援に関する懇談会2

災害は、いろんな切り口で検証することができます。
この会は、名前の通り、建設機械という切り口で災害復旧を考える会です。
排水ポンプ車、照明車、バックホウ、車両排除装置、側溝清掃車、「中越地震の土砂崩落現場の子供救出劇で無人化施工機械が活躍」、「水陸両用車が積雪にも強い」なんてことも初めて知りました。
そういえば、以前幼児番組に「はたらく車」の歌があったなあ・・・。
土嚢造成&運搬車とか、土嚢等つり上げ汎用機械・・・、いろんなものがあります。
あって使えたらいいよねえ、災害時・・・。
どこにあって、どうすれば現場に届いて、だれが使えて、経費はどうすればいいのか・・・利活用しやすい環境が必要だと思いました。災害復旧にまで地域格差が出ることのないようにしたいものです。

2006年08月27日

救急法どっぷり研修会

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赤十字救護奉仕団&ふくい災害ボランティアネットが主催で、表題の研修会を行ないました。久々の救急法講習なので、自分の復習がてら講義を行ないました。今回は元気な高校生達が7名いて、とってもにぎやか!JRC(青少年赤十字)やジュニアリーダーのメンバーだから、自己PRや積極性は抜群!活発で明るくてよく遊ぶのですが、さすが「はめ」をよく知っています。上手に楽しんでいました。そんな若者達が、救急法を熱心に学ぶ姿は、見ていて気持ちよかったです。人材育成・・・特に後継者育成は、一朝一夕にはできません。私は、(世間的には早いのかもしれませんが)それを意識して、活動を行っています。
後継者があってこそ、何かをやりおおせるのだと思っています。

2006年08月25日

山の崩壊

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大雨が降ると、間伐されていない杉の山はこのように崩れます。
あちらこちらで見られる光景です。これ以上崩れないようにコンクリートで固めるのは、あくまで処置であって、予防のためには山の治山から始めなければ、キリがありません。
山を手入れは喫緊の課題です。

2006年08月17日

プールのリスク管理1

県外でのプール事故以来、プールの排水口の固定に関してマスコミが大きく取り上げています。
実は私、赤十字水上安全法指導員。
越前市、敦賀市、美浜町、若狭町などに出向いて、救助員の養成講習を行なっています。
プールの安全管理について、行政や管理主体がどういう姿勢であるのかは、実感として捕らえてきています。その実態もです。
監視体制(監視員の技量も含めます)のしっかりしていると思うのは、三国サンセットビーチ!なにしろ国際的にも有名な女性ライフセーバーNさんがサーファー達を指導して、安全管理を行なっています。
福井の運動公園プールは、水安指導員仲間が構えています。
南条ウォーターランドでは、水球選手だった監視員もいるし、他の監視員もときどき水安の講習も受けに来ます。
敦賀運動公園は、年配の監視員さんだったりしますが、やはり講習を受けられ、休憩時間には全員を水から上げるなどしっかりした監視をされている(とお見受けします)。
美浜の松原海水浴場では、赤十字奉仕団中心に監視。テトラポットに近づこうものなら「危険です。」、飲酒してても「飲酒後、泳がないように」と放送されます。
「厳しい」ところほど、実は「やさしい」・・・それがリスク管理だと私は考えます。
ずさんなところは~・・・・・知ってるけど書きませ~ん!
今回の事故事例を見て反省して欲しいものです。

2006年05月29日

除雪ボランティア

例年、除雪ボランティアの活動を行っています。
どういう活動かというと、災害時要援護者の方のSOSに応えて、玄関先の雪をどけて、外出ができるようにする活動です。
新聞で紹介されることが多いので、名前を知っている方は多いのですが、実際どのような様子かを知っている方は・・・それほどはいらっしゃらないのではないかと思います。
主に福井市で行っており、私は雪深い中山間地から町の真ん中へ除雪に参ります。
理由は、除雪を要する方とボランティアとを結びつける、いわゆるボランティアセンターのシステムを、福井市社協さんが担ってくれるからです。
当初、私達ボランティア単独でこの活動を始めたのですが、勤め人が多いので、日中、障がいのある方々やボランティアへの連絡をつけるのがたいへんでした。
社協さんがいっしょにやってくださるようになって、すごく助かっています。
越前市でも、こんな動きができるといいなと思っています。

2006年05月26日

心のケア

今日は赤十字救護奉仕団の総会&研修会でした。
「心のケア」の研修だったのですが、思い起こすのは水害時の被災者の方々のことです。
被災直後の町の人々の様子。
7月21日に、旧美山町のO地区に医療ボランティアチームの一員として入った時のこと。
呆然と、あるいは自暴自棄になって動く気力をなくされていた高齢者の方。
さらには休むことができなくなり、ハイな状態で自分のコントロールのきかなくなったスタッフ・・・強制的に「休み」を取らせておいて、本当は自分が一番重症だったというおそまつ・・・。点滴を2回、逆に「身体の水分を出せ!」といわれるほど全身がむくんだこともあり、極端な過労状態でした。記憶力低下どころか、酷いときは、自分に話しかけている相手が、いったい何を言っているのか理解することすらできなくなったりもしました。
10年分は命を縮めたと、今でも実感しています。
強烈な夏・・・それが平成16年の夏でした。
「心のケア」というと、その時の記憶がザア~っとよみがえります。
「災害は忘れた頃にやってくる」・・・そう、被災後は「混乱」が起きます。
「混乱」を少しでも小さくして、傷を最小限にとどめるために、平常時にしっかりと「備え」無くてはいけません。がんばろ~!

2006年05月20日

それは何?

私のボランティア活動歴は23年間分あります。だからプロフィールの活動歴は、実は書き出すときりがなく、派手なものだけあげてあります。(長年やっている水上安全法など、赤十字系は省略。)・・・で、それって何?とよく聞かれるので、とりあえずHPなどで紹介されているものをご紹介。↓よろしかったらご覧下さい。

防災・減災フォーラム
http://www.chihoushi.com/bousai/report/fukui/
大和川流域フォーラム
http://www.yamato.kkr.mlit.go.jp/YKNET/b-forum/
災害ボランティアセンター運営基礎講座
http://www.pref.kyoto.jp/koho/press/press200603/press060301/060301-02/060301-02.html
道路雪害・緊急フォーラム
http://www.fukuishimbun.co.jp/0318f/
幼児安全法講習会
http://www.fukui-c.ed.jp/~fec/kensyu/kihon/youchi/h16/engai7.8/jiko/jiko.html

2006年05月18日

建設機械等による災害対処・復旧支援に関する懇談会

・・・という、長い名前の懇談会の委員になりました。昨日は東京でその準備会がありました。日本財団のKさん(災害現場や会議でお会いするので旧知の方です)が現場の状況を発表し、その後意見交換。そして、今後の懇談会の方向性に関して話し合いました。
現場での重機等の使用については、かねてから課題をいっぱい感じていましたので、たいへん有意義な会だと感じました。
第1回は7月13日予定。提言者は新潟中越のIさんと私です。Iさんには地震災害での現状や課題を話して頂く事にして、私は水害と雪害です。
京大防災研究所の所長さんを座長に、関係機会協会の会長さん方や国土交通省の課長さん方、見付市や豊岡市の市長さんなど、力のある方々がずらっとおられます。
データをしっかりそろえて、要点を分かりやすくまとめて、この機会にきっちりこの冬の除雪の課題を訴えるつもりです。県内14名の死者の、あるいは家に閉じ込められてしまった高齢者の方々の、悲痛な状況を繰り返さないように、全力でがんばります!

2006年05月10日

ふくい災害ボランティアネット

今夜はNPO法人ふくい災害ボランティアネットの例会でした。
設立してから約3年・・・んっ?・・・まだ3年なの?・・・って思うくらい、活動内容、範囲、役割などが爆発的に広く深くなった団体です。
ナホトカ号重油災害のときに、初代ボランティアセンター長だった東角操氏(現県議)、11の現場の統括責任者だった松森和人氏(当団体理事長)、そして私とで、災害専門の団体が必要だと、ワシントンホテルの5F喫茶店で話し合ったのが3年半前。
スタート時には、「東海地震が来てしまったら、三国のお返しに、支援に行けるように!」・・・って思っていました。今でもその気持ちに変わりはありませんが、正直まさか自分の町が(我が家も含め)被災するとは想像だにしていなかったし、その後、県外まで飛び回って活動するなんてことも、全く想像していませんでした。
でも、私たちの活動が必要とされればされるほど、「危機感」が増しているわけですから、複雑な心境でもあります。
今日の議題は「ナホトカ号から来年は10年目。節目に何をすべきか。」でした。
また、福井震災60周年も間近です。
県民の皆様、災害経験を忘れないでいましょう!
災害は、「忘れた頃」にやってきますから・・・。

2006年04月30日

過疎。高齢化問題

この冬、高齢者の方のお宅からの除雪SOSが団体に何軒も入りました。
しかし結局除雪ではなく、危険性の増した住宅からの退避を促さなくてはならないという状態。
地域での助け合いも行われたものの、過疎・高齢の進んだ集落では、この冬の重い雪に対しておのずと限界があり、先に述べた事態となるわけです。
過疎・高齢化は、放っておけばぐんぐん進みます。
災害対策の面からも、「地域活性化」・・・これは本当に大事なことです。

2006年04月12日

災害対策

次から次へと異常な天気が出現します。
ついに今日は春の水害で、各地に土砂崩れや浸水がありました。
福井豪雨はもう過去のもの・・・と、たかをくくってはならないと感じます。
また、現場行政の被災者に対する姿勢と、災害時要援護者対策は、喫緊の課題です。
私はあの時、多くのボランティアさんの尊い姿に触れることができましたが、反対に、「何故?」っと思う各種関係機関の対応も見てしまいました。気付いた以上、あれをなかった事にはできない、なんとかしなければいけないという、責任を感じています。
「非人道的だ」と、「理不尽だ」と、腹を立てた事柄を、もう一度思い返して対策を立てねば、また繰り返します。
だから、・・・動く!

2006年04月09日

黄砂

朝は雷雨。それが過ぎてからはすごい黄砂でした。
山が見えなくなったほどです。
「ヒステリックな天候」・・・と、福井豪雨以来、たびたび感じます。
過激に降ったり、急に変わったり・・・地球温暖化で北極の氷が融け、大量の水が海に注ぎ込み、そのため海洋深層水に変化が起こり、地球規模のエアコン効果が薄れてきた・・・などと、以前テレビで特集をしていました。遠い先の話だと見ていましたが、う~~ん、やばいかも・・・。
いずれにせよ、ヒステリックな気候は災害を生みます。水害、旱魃、豪雪。
備えと警戒は怠らず、何もなければ「よかった!」です。