« 一般質問R2.12⑧ | メイン | 一般質問R2.12⑤ »

一般質問R2.12⑥⑦

 さて、面白い本を見つけました。「これでいいのか 福井県」というタイトルで、サブタイトルが「実はすごい県なのに、マイナーなワケ」・・・嬉しいような悲しいような・・・いずれにしても、「頑張ること、いっぱいあるよ」とはっぱかけられていることは確かです。
 中でとても共感するのは「古代の越前・若狭は『日本』の中心地」で、「栄光に満ちた古代」という意見です。
「日本海側は、古代、東アジアに向けた海外交易の中心で、まぎれもなく大陸の玄関口だった。」
良港を抱える越前・若狭は中心地のひとつ・・・だからこそ、継体天皇が現れ、その血脈が皇統を紡いでいくことになるわけだということです。

 奈良時代の前は聖徳太子の飛鳥時代ですが、古代はさらにその前の古墳時代、・弥生時代で、敦賀以北が「越の国」であった時代です。

日本には紀元前400年ごろ「稲作、青銅器、鉄器など」が伝来したと言われていますが、弥生時代、広い平野と豊かな水に恵まれた越前はたちまち越国の中心となり、特産品作りに成功し、王の墓=王墓が誕生します。

弥生時代というと、静岡県登呂遺跡や佐賀県吉野ヶ里遺跡が有名ですが、福井でも数々遺跡が見つかっています。三国の加戸下屋敷遺跡では竪穴住居や勾玉・管玉・銅鐸・その鋳型が出土していますし、福井市小羽山30号墓は「四隅突出型」という特殊な形をした墳丘墓で、鉄剣、碧玉製管玉、ガラス製管玉・勾玉も出土しています。

今年は、福井市上河北町で弥生時代後期の集落跡が確認され、先月も、若狭町瓜生の西塚古墳・・・これは5世紀後半、古墳時代中期のものですが、北陸最古の人形埴輪片などが見つかっています。
福井の古代はとても魅力的です。

これは県立博物館発行の「ふくい発掘最前線」ですが、この冒頭に、
「以前から、『福井県内における遺跡の発掘件数が、近隣の県に比べ、あまりにも少ない』という指摘があった。」
と書かれています。だから頑張っておられるのだという事ですが、図録の発行は1998年で、それから22年が経過しています。

⑥ この間、県内の遺跡発掘の状況は近隣の県に追いついているのか、どの程度まで行われてきているのか、県内の発掘調査の実態をまず伺います。

⑦ また、県民が「古代の越前・若狭は当時の日本の中心地で、栄光に満ちていたんだ」と誇りに思えるよう、福井の古代史をしっかり調査してまとめ、発信し、福井の魅力を伝えるツールのひとつとして位置付けるべきと考えますが、ご所見を伺います。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.hosokawakawori.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/718