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2013年07月01日

6月議会一般質問8

県ではこれまで、英語教育やサイエンス教育に重点を置き、白川文字学を紹介し、本件独自の教育行政に取り組んでこられました。それにさらに「かこさとしさんが描き出す子どもの世界」、「かこさとしワールド」とでも言い換えるべきでしょうか・・・これを本県教育政策に加え、展開することで、人間教育にも重きを置いた「福井型18年教育」になると確信しています。
またかこさとしワールドは、図書館での本の紹介の他、イベントや観光への展開も可能です。たとえばグリーンセンターの広い広場で日本各地のジャンケンの大会を行ったり、石けりあそびの広場作りをしたり、エンゼルランドで科学の絵本を読み聞かせたり、県立博物館に伝承遊びのコーナーを作ったり、かこさんに恐竜にちなんだ作品を作っていただいたり想像しただけでもワクワクします。「知育」というキーワードで、恐竜博物館に来場する客層につなげることができます。  
現在は「点」の取り組みですが、これが線につながり、面に広がり、福井の子供たちが豊かに遊べる土壌作りに発展できることを願っております。
⑧ 本県出身のかこさとしさんの描く「子どもの遊びの世界」を、教育や子どもの健全育成政策の中に位置づけ、県として広く政策展開すべきと考えます。御所見を伺います。
日本の教育は、西洋の教育を真似て制度化されたにもかかわらず、いつの間にか、受験勉強に勝利することに重きを置いた薄っぺらなものになっていると常々感じています。だからこそ、「福井型18年教育」が、福井のすべての子供たちの「生きる力」の育成に資する「骨太の教育」になることを願っております。

6月議会一般質問7

さて次の質問です。
教育の目的は有名大学に入ることではありません。教育の根幹は、人間教育です。私は、子どもの人間形成にとって「遊び」がいかに大事なことか、あるいは今の子供たちの遊びが昔のように豊かではないことへの危惧など、これまでに縷々述べてきているところです。
この春、越前市に「かこさとしふるさと絵本館」がオープンしました。かこさんは、幼少期を旧武生市で過ごし、東大工学部で応用化学を学び、30歳半ばから数々の絵本などの作品を執筆されました。『だるまちゃん』シリーズには子供の遊びが紹介され、『たなばた』という作品には中部地方の伝統行事が描かれるなど、だんだんと失われていく昔ながらの日本の文化を描き留めた作品が数多くあります。子供の遊びについての資料集成『伝承遊び考』全四巻を完成させ菊池寛賞を受賞されています。また、科学絵本も数多く、子供にとってわくわくする科学との出逢いが凝縮されています。私は、かこさんの作品に描かれた、豊かな子どもの遊びの世界こそ、失ってはならない子どもの世界であると考えます。
⑦ そこで、まず、幼稚園・保育所・小学校などの、かこさとしさんの絵本文庫を充実させ、その遊びや科学の世界を広めてはいかがでしょうか。御所見を伺います。

6月議会一般質問6

次に、教育に関して伺います。
福井型18年教育の目玉の一つ、併設型「中高一貫教育」ですが、先の知事提案理由説明で、「地域社会や国際社会のリーダーを育てる」という方向性を示されました。素晴らしい目標でありますし、独自プログラムを設けることにも賛成です。その中身については、大きく期待するところですが、疑問もあります。

 まず、「地域社会や国際社会のリーダー」とは、どのような人物像をイメージしておられるのかという点です。本県は英語教育に力を入れているわけですが、国際社会のリーダーたるには、英会話能力が必要ではあるものの、これはあくまでツールです。
⑥ 英語を話すことで国際的なリーダーになれるわけではありません。地域社会においてもです。当然、人としての資質が問われるわけですが、それをどのように捉え、どういう教育で伸ばそうとしておられるのか、福井県のトップリーダーである知事の考えをお聞かせください。
ちなみに、私の理想とするところは、イギリスのイートンカレッジです。13歳から18歳まで5年間のパブリックスクールで、これまでにキャメロン首相ら19人の首相を排出し、オックスフォード、ケンブリッジ、ロンドン大学などへの高い進学率を誇り、ウィリアム王子・ヘンリー王子も通う「女王陛下が愛する世界一の学校」です。
 「世界一の学校」で育むのは「トップレベルの基礎を備えた英国紳士」です。そこでは「誰よりも個性的で、公に尽くすオールラウンダー、つまり『トップレベルの基礎を備えた』順応性のある人物」としての成長が求められるのです。
 プログラムは、学問のみならず、伝統文化にも重きを置いた教育です。マナー、立ち居振る舞い、時間のマネジメント法、人前でスピーチするコツ・・・、仲間を大切にすることは寮生活やクラブ活動など学校生活全体を通じて自然と学ぶのだそうです。
その気質は「互いの領分を侵さず、尊敬し合い、穏やかにつながり合う」コミュニティーを形成。これは「異なる存在に強く興味を抱き、取り巻く環境を俯瞰の目で見つめ、自分の立場をきちんと自覚する」という品性に根ざすところが大きいからだということです。どれも、教育の理想で、私にとっては垂涎の的です。
多様で変化に富んだ社会・世界で活躍するには、高い順応性が必要ですし、異なる文化を理解し尊重する心も必要です。国際人たるもの、他国の方に、自国の歴史や郷土が輩出した優れた人物、伝統や文化について、堂々と誇りをもって語っていただきたい。イートン校の教育が、伝統文化にも重きを置いているのは、そういうことだと思います。

6月議会一般質問5

これまでいろんな場面で「縦割り行政」という壁が立ちはだかってきているのですが、国は、治水能力向上のために、国交省と農林水産省の壁を払った対策が必要であることを認めております。
先般、山本文雄議員から、河川敷で畑作を行っていただくことが、河川の荒れの抑止となっているとのご指摘がありました。確かに、耕作をやめた土地はたちどころに草木が生い茂ります。こういったことも治水の観点で勘案すべきです。
④ 福井県でもぜひ、土木部と農林部一体となって総合治水の全体像を描き、早急に、具体的に取り組んでいただくよう要望するところです。御所見を伺います。
先ほど、河川上流部の被災住民は、行政の対策を待っておられず、自衛措置を講じていると述べました。現在、ブロック塀を工事しておられるご家庭で伺うと、建設費は400万円以上になるとのこと。個人にはたいへん大きな負担です。私は、本来、行政が防災対策として河川整備、森林整備をしなければならないのに、そのため時間がかかるなら、県民が個々に防災、減災のため自衛することに対し財政的に支援をすべきだと考えます。

⑤ 住宅耐震化に対する補助と同様に、水害に対する自衛措置にも助成すべきではないか、御所見を伺います。

6月議会一般質問4

さて、平成16年は、新潟・福島豪雨、福井豪雨、台風23号災害、中越地震と災害が頻発した年でした。災害ボランティア活動をしていると、悲しいことに「あちこちの被災地で会う仲間」が増えてきます。その中に、議員も何人かおり、中越で「議員連盟を作ろう」という話が持ち上がりました。当時私は「興味深い話だ」と聞いていたのですが、その後の動きがなかったので、議員になった翌年にこの話を福井発で押し進め、平成21年に、超党派の議員ネットワーク「全国災害ボランティア議員連盟」を設立。現在会員は国会議員17名を含む182名で、「災害ボランティア活動の環境整備」や「地域防災力向上」などに取り組んでいます。
この議連で昨年秋に、越前市東部集中豪雨災害の被災地を調査研究し、現地の方々が突然水に襲われた当時の様子や、その後自衛策として、家の周りに作った塀などを拝見しました。そして、極地的集中豪雨の予測の難しさや上流部の治水対策が今の雨の降り方に間に合っていない現状に関し話し合い、今年1月、国に対し、「地域の治水能力向上のために、国土交通省や農林水産省の壁を超えた総合的な治水計画を策定し、施策を講じることが必要である。農業施設と河川・排水施設を組み合わせ、より効果的な治水のためのインフラ整備が講じられるように、仕組みを整えること」と提言しました。
それに対し、先月、国土交通省・農林水産省合議の回答を得ました。「地域の治水能力向上のためには、河川の整備に加えて農地や森林など流域の持つ保水・遊水機能の確保、災害発生の恐れのある地域での土地利用の誘導及び警戒避難体制の確立、農業水利施設との連携等の総合的な治水対策が重要であると考えており、必要に応じ農林部局など関係行政機関との協議会を設置するなど連絡調整を図りながら計画の策定を行っているところである。今後とも関係行政機関と十分な連携を図り、河川の特性や地域の実情に応じた効果的な計画の策定、施設の整備・運用に努めてまいる。」というのもので、「今のままでよいとは思っていない。各地域の特性、歴史を考えて効率的に計画していきたい。各地域にある農林事務所や各自治体と連携をとる」と申し添えられました。

6月議会一般質問3

先日、この10年間に2度の水害に見舞われた河川上流域の区長さんの集まりがあり、治水対策について話し合われました。河川整備が上流まで行き届かない現実と、待ってはくれない集中豪雨災害への危機感は大きく、抜本的な対策について様々なご意見が出ました。
「砂防ダムが埋まっているので浚渫しなければいけない」
「山の木の根が浅い」
「竹がはびこりすぎて、ずるっと地面ごと落ちるのではないかと怖い」
「電気柵を張ったので猪が里には降りてこないが、山で暴れている。ブルドーザーで掘られたように山肌が荒れ、今度大雨が降ると、あれが土石となって押し寄せるかと思うとゾッとする」
「川の水を田んぼに逃がしてはどうか。」
などと、河川改良の他に、鳥獣害対策を含めた治山、水田活用といった、流域の保水力を高める提言が多く出ました。特に、治水安全度「5年未満」であるところは、「水を田んぼに逃がす」のが最も現実的ではないかと思われます。もしもの時には補償する契約にすればいいわけですし、近年、中山間地域での耕作意欲は低下していますので、こうした民間との取り決めは十分可能だと思われます。

武田信玄が考案したという「霞提」は、連続する堤防ではなく、あらかじめ間に切れ目をいれた堤防です。(図)周辺の堤内側は、予め浸水を予想されている遊水地で、これにより増水による堤防決壊の危険性を少なくさせました。洪水で運ばれる土砂は、もともと上流の山林で形成された肥沃な土壌であり、それをそのまま下流に流すことなく、営農区域に蓄積する機能を有します。近代化された視点から単なる土木工事の対象としか見ない「治水」を、「農業」さらに広くは「エコロジー」の視点を持った治水法として再評価されているところです。福井の古地図を見ると、日野川や北川でもその痕跡があります。
こういった「流す」「備える」「貯める」という発想は、「総合治水」の考え方です。この総合治水の考えは、近年の水害多発に伴い多くの地域で広がっています。昨年4月には、兵庫県で「総合治水条例」が制定され、パンフレットで「森林の保全・整備」「溜池の活用」「宅地開発時の調整池の設置・保全」「屋根の雨水をタンクに貯める」「校庭を囲って雨を貯める」といった取り組みを呼びかけています。
③ 県内では、平成19年に江端川流域で総合治水対策に関する提言書が出されているところですが、県の「総合治水」に関する認識を伺います。

6月議会一般質問2

これまで私は、「普通河川も含む末端までの河川強靭化」を訴えてきました。明らかになったのは、福井豪雨に対する災害復旧に対して「激特事業などで約500億円の巨費を投じ、平成22年度までに福井豪雨に関連する河川事業を実行済み」。しかし、鞍谷川の粟田部地区や岡本川の改良工事に関しては、治水安全度を高めるための河川改修が必要だと認識されてはいるものの、「下流から流下能力を確保しながら進める必要があるため、相当の期間を要する」ということで、「月尾川に関する抜本対策は手付かず」だということです。上流部までの抜本的な河川改良は、まだこの先なん十年かかるかわからないわけですが、災害はそれを待ってはくれません。
また県は、昨年の越前市のような「局地的な集中豪雨に対応するためには、上流の砂防ダムでの貯水あるいは水田貯留、地下にパイプを持っていくなど様々な方法があるが、現在検討中」であるともお答えでした。
① そこでまず、この水田貯留に関する県のこれまでの取り組み状況を伺います。
水田貯留は、一時的に水田と水路に雨水を貯め、下流に流れる量を少なくすることです。「雨を速やかに流す」ことから発想転換した、「雨を貯める、浸透させる」というこの方法は、下流域の流量負担を減らすこともでき効果的です。他県の取り組みを見ますと、愛知県安城市ではパンフレットを作って市民に協力を求めていますし、長野県では上川流域協議会が「水田貯留制度」の提言を行政に対し行っています。
② 近年、極端な大雨が増加しているのに伴い、水田貯留を行う地域が増えています。この対策は、上流・下流に関係なく取り組める流出抑制対策で、福井県でも、積極的にすすめるべきと考えますが、県の御所見を伺います。

6月議会一般質問1

はじめは治水についてですが、水害関連の質問も3度目、進捗状況によっては、シリーズ化する可能性が出てきました。
さて先日大雨が降り、県内全域に警報が発令されました。強い雨音を聞くと、また水害が起きるのではないかと、まだ不安になります。平成16年の豪雨災害の記憶は、それほど強烈です。
福井豪雨の起きた日の夕方、泥だらけの南中山小学校の体育館で、「こんなことになった。どうしていいかわからない。」と、一面どろの校舎を、日直の先生が一人、今にも泣き出しそうな表情でモップでかいておられました。「一人では無理。明日、ボランティアさんに来ていただくから、帰宅してください。」と声をかけるのがせいぜいでした。 
次の日の朝、明るくなると同時に地域をめぐりました。5時頃だったと思いますが、川や地区の様子を伺いに出てこられた区長さんや地域の方が何人も歩いておられ、どうやって復旧したらいいのか、途方にくれておられました。
山あい集落に住む知人は、普段とても気丈で元気な方でしたが、集落の道を呆然と歩いておられました。「大丈夫?」と声をかけると、「怖かった。水に襲われ、はしごを伝って逃げた。落ちたら死ぬところやった。公民館で一晩過ごしたけど全然寝られない。家はぐちゃぐちゃなのに、あほやなあ・・・、私にできることは、このゴミの分別をしただけ。」・・・そう堰を切ったように話し出し、涙を流しながら両手に持ったゴミの入ったスーパーの袋を見せた姿が、今も脳裏に焼きついています。
孤立した旧美山町の足羽川上流集落に、医療調査で歩いて入った時には、不安と過労と寝不足などから健康状態が悪化した方々の多さに驚きました。具合の悪いことを口に出せず、あるいは気づくまもなく、じっと耐えておられました。
被災者の方々は、土気色の凍りついたような表情で、怒る相手のない、やり場のない悲鳴や絶望感で呆然とし、眼差しだけがその窮状を訴えます。二度と、あのような状況に人を追いやってはいけないと、強く強く思っています。