« 昨年9月の予特質問① | メイン | 2月議会 一般質問 »

昨年9月の予特質問②

下記続き

原子力行政について伺います。

⑬ 福井は原発とともに半世紀以上経過。特に嶺南地域の後進性からの脱却を目途に、15基を受け入れて今日に至っています。
中川知事は、5期目の1985年10月の県議会で、「地域の人々が、何とか過疎から抜け出て発展させていく、若者が踏みとどまってくれる町や村になりたいとの気持ちだった」「しかし、現実にいろいろ力がそがれて、将来の見通しを立てて進むことができなかった」と総括を述べ、質問に立った自民党の山本順一議員も「原発が嶺南振興に思ったほどつながらなかった」と述べています。
西川知事は、福井の半世紀の原子力行政をどう総括されますか。

⑭ 今回、さまざまな議論においても、いまだに敦賀半島の道路は完成せず、嶺南立地自治体においては、原発がなければどうしようもないと悲鳴を上げられています。電力事業者べったりだということです。
 当初の原発誘致の目的に立ち返って、嶺南の本来の産業振興に、県は本気で取り組むべきと考えますが、ご所見は?

⑮ 同じく、期限目標を持って、半島道路の完成を目指すべきではありませんか?

⑯ また、国の方針がはっきりしない現状は、原発を基幹産業としている嶺南に影を落としています。
原発関連の中小事業所の現状調査を緊急に行い、支援策を講じる必要があるのではないでしょうか?

⑰ 東海村の村上村長は、9月30日、「ジェー・シー・オー(JCO)」で社員2人が死亡し、住民ら666人が被ばくした臨界事故から12年になるのに合わせた臨時朝礼で、職員を前に「人に冷たく無能な国に原発を持つ資格はない」と国を痛烈に批判し、「脱原発」の姿勢を鮮明にされました。
また、菅前首相は7月13日菅内閣総理大臣記者会見で、「原子力事故のリスクの大きさということを考えたときに、これまで考えていた安全確保という考え方だけではもはや律することができない。そうした技術であるということを痛感をいたしました。」と述べています。
実際に事故や困難に直面したリーダーの言葉は、重いです。
片や、原子力安全委員長斑目晴樹氏は、3月22日 参院予算委員会 福島瑞穂議員への答弁で「想定が悪かった。推進してきたものの一人として個人的には謝罪する気持ちはある」と述べ、さらに6月13日のNNNテレビ取材で「3月11日は自分の甘さを思い知らされた日。」と事故想定で謝罪 安全委員会の責任を認めました。
斑目氏は過去、「安心する日なんて来ない。安心できるわけないじゃないですか、あんな不気味なもの。」と述べており、また、安全対策に関しては、「すべてを考慮すると設計ができなくなる。割り切った考え」という、つまり、安全対策を徹底するのではなく、切り捨ててきているという旨の発言をされています。さらには、「最後はお金でしょ。みんなが受け入れてくれないなら、2倍、5倍、10倍・・・どこかで国民が納得することができる」と、札束でほっぺたをたたいて物事がすすむといったニュアンスの発言をしています。 
原子力安全行政のリーダーのずさんさと軽さに、怒りを通り越してあきれ返っています。ダブルチェックだなんて格好いいこと言っておいて、とんだ「張りぼて」で、こんないい加減なことに国民の安全がゆだねられて来ていたのかと、政治だけでなく霞が関、学識に対する不信は大きいです。東電はあれほどの事故を起こしながら、まだ情報開示がきちんとなされず、黒塗りの手順書を平気で出してきます。過去も今も隠蔽体質に変わりはないようです。
だからこそ、「国はあてにならない、事業者はしたたか・・・」なのです。
福井において、北知事は原発の誘致をした知事、中川知事は15基を受け入れた知事、栗田知事はプルサーマルを受け入れた知事、西川知事は高経年化炉の運転を認めた知事・・なのですが、その決定判断は、国の原子力安全行政を信じたからなされたものです。
それが今福島事故で、「原子力安全行政はとうてい信頼できない」と露呈したのです。だからこそ、知事が今後、どうされようとしているのかに注目が集まるわけです。

知事、平成21年、22年に高経年化炉の継続運転を認めたわけですが、事故を受け、もう一度見なおすべきではないでしょうか?

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.hosokawakawori.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/356