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2011年06月28日

物事、始めるより撤退することのほうが難しいと、つくづく感じます。
私の世代は、先人のおかげで豊かな環境の中に生活させていただきました。こんどは、次の世代に、美しい空気と水、自然、そして安心と希望を残さなくてはならない責任を感じています。子どもたちの未来のために、がんばっていく所存です。

・・・っと、以上です。
でも、本日9番目の出番で、前7人の議員質問が原子力行政に関して集中し、しかも私の直前2人の先輩議員は質問すべてが原子力行政です。
重なりや回答の行方で、多少説明が変わるかもしれません。
何より、この量を20分間で言い切れるかが課題です。

県の心ある回答を期待しているところです。

質問8

最後に、これからのエネルギー行政についてお伺いします。
福島の原発事故で、まさに価値観が一転しました。「環境貢献」と言われてきた原子力発電ですが、現実には、放射性物質で空気を汚し、高濃度の汚染水が海洋に流されました。自らの国土破壊です。地球規模での「環境破壊」として、海外からも指摘をされました。
だから、福井の未来を想像すると、
「安全神話の崩れた原発の評価・信用が地に落ち、原発14基を抱えた若狭地域の危険性が話題になる。風評被害が起き、観光・企業誘致などに支障が出て、原発関係以外の地域産業の発展に支障が出る。福井ブランドが傷つく。若狭湾の原子炉はリプレースなどで増え続け、延々と、事故の不安を抱えての生活になる。若者は流出、人口減少が加速。もしシビアアクシデントが起きてしまったら、福井は居住不可。『なぜあの時、見直さなかったのか』と、先人達の下した結果に疑問を持つことになる。」
と、悲観的にならざるを得ません。
知事は、今議会の提案理由説明において、「日本の経済や社会システムは、今回の大震災の影響も加わり、『歴史的な変革』を迫られている」と言われております。私にはその言葉が、救いであり希望です。
国内外で、「脱原発」を主張する自治体が増え、県内においても「脱原発」を求めた意見書が採択されるなどしています。先日は、滋賀県の嘉田知事が来県されましたが、関西の水瓶である琵琶湖の環境問題に長年取り組んでこられた嘉田知事の考えは、原発からの卒業、「卒原発」です。
50年後、100年後を考えると、リスクのない県土めざし、自然エネルギーに少しずつシフトしていくなどの構想が、妥当な流れではないでしょうか。半島の先ですから、風力や潮力利用がいいかもしれません。福島の汚染水対策では海外企業に莫大な金額を支払うわけですが、福井で放射線除去のための調査研究や安全な廃炉作業研究を行うのもひとつです。

⑧東日本大地震を経験し、「歴史的な変革」を迫られていると言われるなら、当然、原子力発電所のみを地域の基幹産業としていく方向性を見直し、「新たなエネルギー拠点」に転換、安心して住むことのできる福井をめざすべきです。知事の「脱原発」「卒原発」の方向性についてのお考えとこれからの県のエネルギー政策の方向性について所見を伺います。

ちなみに、雇用が減るという心配もありますが、廃炉措置中の「ふげん」では、職員の数が運転中の200名から100名に減ったものの、常駐協力会社員は約200名のまま、運転中と変わらないそうです。今後50年以上、廃炉のため雇用は一定数維持されると考えます。また新エネルギー政策で、雇用を増やす実績もあると聞いています。
むしろ自治体が、原発への過度の依存から脱却し、自立した財政運営ができるかどうかの方が難しそうです。

質問6・7

福島の議会では、「国のスピード感のなさに怒りを感じる。県の姿も見えない。『国が、国が』ではまたかと思う。県がやらないとどこがやるのか!?県自らが大きく一歩踏み出し、県民の命・安全は県が守ると、発してほしい」などと、国への失望や不信とともに、県の積極的な姿勢が求められました。
福井県では地域防災計画の見直しが始まりましたが、まさに県の姿勢が問われるところです。そこで何点か提言いたします。

まず、避難は市町の境界線を越えての避難が予想されますので、県が責任持って、広域避難の調整を行うこと。場合によっては県境を超えるケースも出ます。他県との連携を図るとともに、今の、自治体単位で避難を考えてある災害対策基本法などに関し、枠組みを越えて対応できるよう、見直しを国へ提言してください。
次に、避難情報は、子どもにでもすぐわかり、どこに逃げればいいのかの誘導も含めて、確実に伝わる方法を構築してください。福祉施設や病院などの、市町を越えた入所者受け入れ先の確保や搬送方法の確立も重要です。福島での悲劇を繰り返してはなりません。
三つ目は、避難手段の確保です。海上移動や県外移動も視野に入れ、合理的な方法や、代替手段もお考え合わせください。
以上の3点をぜひとも踏まえて地域防災計画の見直しに望んでいただきたいと思います。
⑥我々は、福島で起こった現実をしっかり見て、机上の避難計画から、実効性ある緊急避難計画に¬変更し直す必要が、本当にあります。これでよしと県民が納得できるものを作ってください。県民からすれば、信頼できる地域防災計画なくして原発の再稼動はありえません。これは、県民から県へ求める『安心』と『信頼』のハードルです。県民を自らが守るとの主体性をもって地域防災計画の見直しを図ることを要望しますが、県のご所見を伺います。

⑦また、福島の放射能汚染は80キロ先まで及び、立ち入り禁止区域は嶺北地方ほどの広さです。福井は全県下、避難対象となる可能性があります。特に避難道路に関し、私は、嶺北南部から東方向に逃げるルートが弱いと思っています。ですから、現在行っているホノケ山トンネルの工事を速やかに完了し、さらに丹南地域から中部縦貫道へのアクセスルートの整備を行うことが大事だと思います。三里山にトンネルを掘るなどして、スムーズに大量移動できる道路を確保すべきと思いますが、所見を伺います。

質問5

ちなみに、西日本は活断層が多く、現在その『活動期』に入っていると専門家は指摘しております。もんじゅ間近を通る「白木活断層」は、福島以上の揺れが想定されています。私は、軽水炉の配管が数センチの肉厚であるのに対し、もんじゅの配管は複雑な構造の上、1.2ミリと極限まで薄いので、いくら液体ナトリウムの内圧が低くても、耐震上の不安を感じています。県内外からも、「もんじゅ」には疑問の声が上がっており、6月18日には、テレビ朝日「報道発、ドキュメンタリ宣言」でとりあげられ、今もYouTubeで動画がアップされています。福井や福井県民のマイナスイメージになるとも心配しています。

次に、地域防災計画についてお伺いします。
原子力事故からの避難について、福島で聞き取り調査をしたところ、
「街の中がなんだか変な感じで、だんだん人が少なくなっていった。どこからか『逃げろ』という声が聞こえたので、役場に聞きに行ったら、駐車場に車はあるのに役場の中の人はいなくなっていた。」とか、
「海沿いの道を、ありえない猛スピードで車が北上していった。そのうち『原発が爆発するぞ!』という声がしたのでテレビをつけたけど、何も情報がない。ともかく怖いので逃げた。」
などと、避難指示や誘導がない中で混乱していた様子が伺われました。こうなると、情報を早く得た者、早く逃げる力のある者から逃げ、弱い立場のものほど厳しい状況に置かれます。
病院や福祉施設の避難は、困難を極めたようです。原発に近い富岡町今村病院では、患者の受け入れ先も移送手段もままならず、全員避難まで2日を要しました。ある若い看護士さんは、自衛隊員と共に入院患者を退避させようと、病院からヘリコプター停泊場所まで約1キロの道のりを何度も担架搬送しています。そこは、オフサイトセンターの要員がいち早く逃げ出すほど線量が高かったのに、その事も知らないまま、13日午後3時から翌日午前2時までかかって、屋外で作業されていたわけです。
「福島県外に出てから原発で爆発があったと知った。動いている間は何も情報がなく、夢中で患者さんの搬送にあたった。婦長さんが『あなたは若いんだから先に逃げなさい』とおっしゃったので、大変な事態だとは思った。」
と彼女は話します。この避難経過の中で、3名の患者さんが亡くなられています。
福島県議会の中では、
「20キロ以上離れれば大丈夫というので移転したら、そこがもっとも危険だった。県にはスピーディのデータが届いていたのに、なぜ活用しなかったか。国か県か、誰の責任か?」
というやり取りもありました。
放射能は目にも見えず、匂いもしない、人の五感で感じ取れないものです。火や水ならば、子どもでも察知できるのに、放射能は大人でも察知できません。まったく気づかないか、見えない恐怖におびえるかです。防災の基本である「自助」が成り立ちにくいのです。だからこそ、行政が「確実な情報伝達」と「適切な避難誘導」を行わなくてはなりません。

⑤そこでお尋ねします。原子力災害の住民避難において、どんな情報を基に、だれが評価・判断・誘導するのか、国・県・市町の責任と役割の詳細について伺います。

質問4

次に、「もんじゅ」を動かす意義についてお伺いします。落下中継装置の引き上げが完了し、「もんじゅ」は運転再開に向けてスケジュールを歩んでいます。この「原型炉」である原子炉を、廃炉にしないで動かし続けなければいけない意義はどこにあるのかということです。発電プラントとして、とても信頼できるものでないと、これまでの経過が示していますし、「もんじゅ」の次の実証炉は、「もんじゅ」とはまったく違うタイプであり、その建設めどもありません。これからは、原発のシビアアクシデントを想定内で考えていかねばなりませんが、もんじゅのシビアアクシデントは、想像を絶します。

④危険を冒して何故、先の見通しのない「実験」を続けなければならないのか、もんじゅ運転継続の意義について所見を伺います。

ちなみに、西日本は活断層が多く、現在その『活動期』に入っていると専門家は指摘しております。もんじゅ間近を通る「白木活断層」は、福島以上の揺れが想定されています。私は、軽水炉の配管が数センチの肉厚であるのに対し、もんじゅの配管は複雑な構造の上、最も薄い所で1.2ミリの肉厚で、いくら液体ナトリウムの内圧が低くても、耐震上の不安を感じています。県内外からも、「もんじゅ」には疑問の声が上がっており、6月18日には、テレビ朝日「報道発、ドキュメンタリ宣言」でとりあげられ、今もYouTubeで動画がアップされています。福井や福井県民のマイナスイメージになるとも心配しています。

質問3

さて海江田経済産業相は、IAEA閣僚級会議の出席当地記者会見で、福島第1原発1~5号機と同型のアメリカGE社が開発した原子炉格納容器「マーク1」について、「安全性の観点から、廃炉を含めた検討が今後の課題」との考えを示しました。本県では敦賀1号機がその対象です。
「マーク1」は1970年代から設計上の問題が指摘されており、アメリカ原子力規制委員会も、格納容器に強化ベント設備を設置することを求めました。勧告に従って、アメリカの「マークⅠ型」を使用しているすべての原発運営会社は、強化ベント設備を設置し、スイスでは、格納容器も建屋も二重にするなど、爆発防止策を強化しています。
国内では92年、旧通産省が電力各社に整備を求めており、東電は2001年に福島の強化ベントの整備を完了。今回の事故では、困難を極めながらもベントにこぎつけることができたわけです。もし強化ベント弁がなければ、格納容器爆発で、今と桁違いに大量の放射能が飛んだことでしょう。
しかしながら、敦賀発電1号機には現状、この強化ベント弁がありません。勧告にもかかわらず、今まで、改良工事をしていなかったわけですし、国もそれを見逃していたことになります。なんともずさんな話です。

③知事におかれましては、国や事業者の「安全に対する過信やゆるみ」を、しっかりと正していただきたく存じます。そして、高経年化した「マーク1」プラントである敦賀1号機の安全性に関して、特に厳正におはかりいただきたく存じます。敦賀1号機の評価についてのご所見をお聞かせください。

※ここで述べる「強化ベント」は格納容器から圧を逃がすベントのことです。格納容器の爆発を防ぐためのものです。マーク1は、容量が小さいので、圧があがりやすいと設計者等が指摘し、後付の対策としてとられたのが「強化ベント設置の勧告→設計→設置」でした。
先日新聞で取り上げられ、工事の様子が伝えられた「ベント」は、建屋の水素爆発を防ぐベントのことで、ここで飲めるものとは違います。

質問2

次に原発の安全性に関してお伺いします。
知事は、国の安全審査基準を「事業者が計画している短期対策と津波だけに偏った応急対策の一部に限られ、地震対策や高経年化プラントの対策がいまだ不十分」とし、さらに「安全性に確証が得られない以上、定期検査プラントの再起動は認められない」とおっしゃっておられます。
この姿勢は「県民の安全・安心に配慮され、立地県の知事としての高い見識を持った対応」と、私は高く評価いたしております。
国は、事故を踏まえた対策が完了したとして、「国内原発の安全宣言」を表明し、本県にも説明に来られました。しかし私は、事故進行中なのに、限定項目のみの検証、ざるのような検証で「安全のお墨付き」を与えようとする姿勢に、むしろ不安と不信を覚えました。安全神話が崩れた今、個々のプラントと真剣に向き合うべきです。
「地震の影響」について、福島1・3号機の作業員の方による、地震直後の配管損傷の目撃証言が報道されています。
「高経年化」に関しても、原子炉が中性子線によって金属の柔軟性・弾力性を失い硬く劣化する「中性子照射脆化」が、メディアで議論されるようになってきました。鋼でできた原子炉も、「脆性遷移温度」より低くなると、まるで陶器が割れるように、小さな力であっさりと割れてしまうとのことで、高経年化した原子炉では、緊急冷却という非常手段が、かえって原子炉損傷の危険性を高めることになるそうです。本県の40年以上たつ原子炉のもろさが心配されます。
福島では、大津波に襲われる数分前に、1号機近くのモニタリング・ポストで高レベルの放射線量を知らせる警報が鳴り、「津波前に放射能漏れがあった」ことをうかがわせています。また原子炉建屋内の放射線量のデータや、格納容器の温度データなどからは、地震発生直後に1号機の「原子炉圧力容器」か「付随する配管の一部」が破損し、格納容器に蒸気が漏れ出ていた可能性が否定できない旨の報道もなされています。
知事のご指摘どおり、「地震対策や高経年化プラントの対策」は必定で、「福島第一原発事故の知見を反映した原発の安全基準」は、たとえ暫定的であったとしても、県民が納得・安心できるものでなくてはなりません。

②住民の命と財産を守るために、妥協の余地はありません。どうか、手綱を緩めることなく、「再稼動判断」について、厳然とした姿勢でお望みいただきたく存じます。知事のお覚悟をお聞かせください。

2011年06月27日

質問1

さて、先月私は、福島市に行きました。
「東電や国に何度も電話して、『なんてことをしてくれた』と抗議した。」
「今までいい思いをしてきた者も今回のことですべてチャラ…どころか、何もかも失った。原発のリスクってこれだったのねと思い知らされた。」
そう地元の方はおっしゃいます。
臨時県議会における議員の声は、
「悲しく辛く厳しく悔しい時期。気持ちを胸に秘めながら、それぞれの環境の中で必死に耐え、がんばっている。」
「事故は原子力政策スタートの時点から憂えていたことである。今まで生活していた場所を捨てざるを得ない県民の方々の、計り知れない心情・憤りがある」との、辛く無念な心情や、
「原発そのものは、わが県だけでなくゼロにすべき。我が国は地震大国で、原発は未完成の技術である。わが県が被害を受けたことから、全国に見直しを発信してほしい。」などという党派を超えた『脱原発』の叫びでした。

①そこでまず西川知事に、日本一の原発立地県の知事として、こうした福島県民の声をどう受け止めておられるのか、さらに、福島の事故を目の当たりにした福井県民の声は、どのように感じ取っておられるのか、ご所見をお伺いします。

6月議会

明日は一般質問です。
県議会は一問一答ではなく、市議当時にはほとんどやらなかった「原稿書き」を行いました。
順次、ご報告します。
まずは前段・・・。

細川かをりです。質問に先立ちまして、東日本大震災で被災された皆様に心よりのお見舞いと、亡くなられた方々に哀悼の意を表します。

さて、県内で原子力発電所が稼働を始めたのは、私が小学生のときでした。子供には原理原則のよくわからない「原子力の火」が敦賀半島にともったのです。私は、半島の美しい景色や原発プラントを見に、よくドライブに連れて行ってもらいました。
そのたびに、半島の先の丹生集落に住んだことのある母が「昔は海沿いの、山の裾を削った道を歩いて通った。」と話しました。敦賀高校で学ぶために高校生ながら敦賀市内に下宿をし、週末には、美浜駅から自宅まで、岩の間を通ったりがけの崩れたところを避けて歩いたり、時には嵐の波で削られたところに30㎝ほどの幅の板を渡して通ったりして、4時間かけて歩いて帰ったそうです。また、雨風やがけ崩れなどでよく電線が切れ、停電もしょっちゅう…。紅白歌合戦をラジオで聞こうとした途端に停電になり、がっかりしたこともあるそうです。「原発のおかげで道がついた。道がほしかったから原発を受け入れたのではないかな。もし、政治が道をつけていたら、原発はなかったかもしれない。」と、今、しみじみ語ります。
歴史を振り返れば、地域発展のためにさまざまな葛藤があり、その時々で最良の道を選択しながら、今日の福井の豊さが築かれてきたことを強く感じます。

しかしながら、東日本大震災がありました。私たちは、人智をもってすれば「絶対安全」にコントロールできると信じていた原発が、あっけなく崩されてしまう「自然の凄さ、恐ろしさ」を目の当たりにしました。これまで地域と共にあり、福井の発展には欠かせないとされてきた原発が、実は「地域を巻き込んだ『破滅』につながるリスクのあるものだった」と改めて思い知らされたわけです。
この福島の教訓を得て、日本一の原発立地県である「福井」が、今後どういう道を選ぶのか、次の世代に何を残すのか、この第93代福井県議会の判断は、ある意味、歴史的なものだと思っております。(続)

2011年06月11日

震災ミニルポ2

震災ルポ2
 「静か。」…5月17日、福島駅に降り立ちました。帰宅する女子高生のきゃっきゃと笑う声が響き、夕空は雲ひとつない茜色です。宿に向かうバスの車窓から見える市内は牧歌的で、「なんていい町。」とそれまで人々が平和で幸せな日常を送っていたであろうことを十分に想像させました。
 南相馬市から避難された老夫婦は、
「誰かが『逃げろ。』と戸口を叩いたので、ご近所のお年寄り(災害時要援護者)のおうちを回ったけど、逃げ遅れたのは私たちの方で、すでにもぬけの殻。私たちも着の身着のまま車で逃げ出したけれど渋滞で動けない。足を痛めているので避難所では暮らせず、県外も含め転々と移動。ようやくこの宿に落ち着いた。」
とのこと。
「泣いて泣いて泣くだけ泣いた。体重は夫婦とも数キロ減った。」
と静かに話されます。見えない放射能から逃げる恐怖は、いかばかりだったことでしょう。
「東電や国に、何度も電話して怒った。」
そう話すのはタクシーの運転士さん。
「今までいい思いをしてきた者も今回のことですべてチャラ…どころか、何もかも失った。」
「原発のリスクってこれだったのねと思い知らされた。」
そう福島のボランティア仲間も語ります。
「何でもいいから、早く原発を止めてくれ!」
地元新聞社の課長さんも叫びます。
 放射能の線量が高いからとオフサイトセンターから要員が逃げ出した足元で、若い看護士さんは自衛隊と共に入院患者を退避させようと、病院からヘリまでの1キロの道のりを担架搬送しています。そこは線量が高いという情報も知らないまま、午後3時から夜中の2時までかかったそうです。その後彼女の靴は、サーベイにひっかかり(線量が高いと)没収されています。現在彼女は県外に避難していますが、なかなか現地の情報が入らず困っています。
「実は、県外に来てから原発で爆発があったって知ったのです。動いている間は何も情報がなく、夢中で患者さんの搬送にあたりました。婦長さんが『あなたは若いんだから先に逃げなさい』とおっしゃったので、大変な事態だとは思いましたが・・。」
「県外にいると、一時帰宅の情報も入りません。他の人は一時帰宅されているとテレビで見たのですが・・・私はどうしたらいいのでしょう。」
「もう元の町に住めないのなら住めないと言ってほしい。そうしたら他で仕事を探します。今は図書館で本を借りようにも『市民ではない』とのことで借りられない・・中途半端な状況です。」

 静かな町「福島」、そして非難された方々は、語りつくせぬ怒りと辛さにじっと耐えているのでした。薄められたメディアの情報ではなく、行ってみて生の声をうかがって感じる、進行形の深刻さでした。

震災ミニルポ

地域だよりの原稿を2本書きました

震災ルポ1
 4月末の陸前高田は、見渡す限り「瓦礫の海」でした。海沿いは地盤沈下で水没、有名な7万本の松は1本を残してすべて流され、頑丈だったはずのホテルや体育館も、鉄骨を残しただけの無残な姿をさらしています。
 私たち災害ボランティアは、津波に襲われた地域の周辺部、つまり片づければ生活再開できそうな床下・床上浸水被害の地区で活動を行いました。ある地区では道路わきの排水溝が瓦礫で埋まり、雨や生活排水が道路を川のように下っていく状態でしたので、「普門寺にいる『チームふくい』です。ここを掃除させていただいても構いませんか?」
と、避難所の公民館で地域の役員さんにお声がけしました。「助かります。ぜひ。」とのお返事をいただき、翌日そこで活動することになりました。
 朝9時、歩いて現場へ向かっていたら屋外放送が聞こえました。「地区の皆さん、福井から来てくれた人たちが溝掃除をしてくれます。私たちも一緒にやりましょう。」とのこと。その日の活動は、地元の方々との共同作業になりました。
 家の柱、お茶碗、お米、写真…瓦礫とはいえ、一つ一つに平和な生活の断片が伺え、胸が痛くなります。見上げると自衛隊の方々が遺体捜査を行っています。田んぼは排水ができず、瓦礫と水がたまったままです。「死んだ者も気の毒だが、残っているものも地獄。田んぼは塩でもうできん。」満開の桜の下で、ぽつりとおばあさんがつぶやきました。
 一日も早い生活復興を、念じてやみません。

2011年06月03日

福井→東京→福井→東京→福井

新宿から帰福、またすぐに議員連盟総会と研修会のために再度上京、そしてその帰福後は2夜連続で越前市自主防災組織対象の防災講座を行い、今夜はやっと一服です。
「そんなに活動しているのだから、しっかり報告(情報発信)しなさい。」とご指摘を受けるのですが、書き込んでいる間がなかなかもてないのが現状です。
(よく会議中も携帯を手放さずに、書き込んでいる人の姿を見かけますが・・・)

さて、先の「新宿にて」の続きです。
『災害復興の政治哲学のために』
「原発事故は、受苦圏と受益圏が離れている」・・・はい。福島が受苦圏、東京は受益圏。同様に、福井は受苦圏、京都・大阪・神戸は受益圏。本来、負担は公平であるべきです。
「お金至上主義。札束で話が進む」
「政治の黄金ルール:交付金・補助金をまき、地元で話をさせない。固定資産税が減れば、次の原発を建てるしかない。」
・・・まったくその通りなので、頭を抱えたくなります。
「議論排除、お金で黙らせる」
政治哲学とは、かくもずばりと言い当てるものなのでしょうか。

さて、ひとつとくに気になる言葉がありました。
「『空気』で決めない」
ということです。「空気」をつくるのは「マスコミ」であったり「人の噂」であったり・・・。
「受け狙い」「思惑」「悪意」・・・情報は、「伝え手」というフィルターを通して伝えられますが、その伝え方次第で「黒」にも「白」にも色が付けられるものです。中には意図的に情報操作する人々もいます。
「メディアリテラシー」の教育を小さいことからしっかりし、『真実を見分ける目をはぐくむ』あるいは『確認する習慣を養う』ことが大事だと考えます。
「空気」を読むことはあっても、「空気」にのまれて真実を見失ってはいけません。

今後の日本の方向性を考える、今は大事なターニングポイントです。
東日本大震災という未曽有の災害が起こり、原発災害も進行中です。
その経験を受け、「福井がどうするか」は、すでに専門家の間で注視されています。
軸足をしっかりと定め、眼をしっかりと開き、胸に手を当て、判断をし、意見を述べて行きたいと思います。