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2011年05月27日

新宿です

久しぶりに新宿にいます。
東京大学の宇野教授による「民主主義再生への試練―大災害の課題と住民パワー」という講演を拝聴しました。これまで幾多の課題を乗りこえてきた歴史と住民パワーのある「釜石」が、この先の復興で、どういう「希望」をもって歩んでいくことになるのか・・・政治哲学の見地からのお話は、「現場」を理解するうえで、「角度を少し変えて考えるとそう見えるのか」と、たいへん興味深いものでした。
「不幸のどん底にありながら、人はなぜ困っている人に手を差し伸べるのか。被災地ではその事例の方が圧倒的に多い。」・・・確かに。
「仕事の意味・社会的つながりを求めている(人間の本生?)利他主義。災害が人間の本生を甦らせた。」・・・そうだったのね。
「官僚機構は災害の緊急のニーズへの対応がに苦手」・・・はい。
「スリーマイルで、人々は平穏に避難、しかしエリートは住民のパニックを恐れて、危険な状態を公表せず。 危険なのはエリート。」・・・情報隠し!?スリーマイルでもそうでしたか。福島での調査等でも実感しているところです。(避難は混乱していたようですが・・・)
「さほど人気のない政府と激しい災害は、一触即発の危険な組み合わせ」・・・全く(- -;)・・・
そして
「政府の機能不全、情報公開の遅れ、海外からの不信。
日本の「風評被害」:海外メディアは深刻「原発は危機的」と報道。
BBC:爆発映像を初めから写している。海外の報道の方が真実に近い。
フランスでは初めからレベル7 日本はレベル4
日本は国際社会に対して隠ぺい 
日本人の評価は上がった(礼さん)が政府は下がった」・・・これ、私の講演メモです。言葉足らずをお許しください。
あ、途中ですが、出立時刻で中断ですm(_ _)m

2011年05月25日

原発考3

25日は、日本原電敦賀1・2号機、3・4号機建設予定現場、美浜原発、高速増殖炉もんじゅの視察を行いました。
「福島原発を受けての対応」となると、「電源確保の対策」「津波の被害防止策」「冷却水の確保」などがメインなのですが、私の興味は津波以上に地震そのものへの耐性です。
それは、若狭湾で心配なのは、プレート型地震ではなく直下型地震だからです。
敦賀半島には白木活断層と浦底活断層があります。
また、「もんじゅ」で扱うプルトニウムの猛毒性と、液体ナトリウムの扱いの難しさ(空気に触れると燃え、水に触れると爆発します)から、ついに始まった落下中継装置の引き抜き工事の不安がぬぐえずにいます。
だから、現場での知見を一つでも多く得るべく、質問時間のみならず、見て歩いている間も事業所の方々に質問をしました。いろいろ伺い、参考になりました。
・敦賀1号機のベント&フィルターについて(ベントできるように追加工事するのだそうです。)
・浦底活断層の位置確認と、放水管の追加工事(これまで活断層を横切っていたので改良)
・敦賀2号機のベントについて(炉が大きいので、ベントの必要がなく、そのための装置はないそうです・・・。)
・敦賀2号機からもれた41億ベクレルの希ガスの評価について
・もしものときの汚染水の行方
・高台に配備された電源車の移動路について(道路が寸断や土砂崩れする事が考えられます)
・(薄い・長い・複雑と言われる)もんじゅのナトリウム配管の耐震性について→スチール1・1ミリ厚さのものを、断熱材でくるんであります。
・事故等の情報開示について
・免震棟設置について(今後設置予定だそうです)
などなど、教えていただいて、納得できたこともあり、まだ納得できないので他でもっと調査しようと思うことあり・・・でした。

「他で」というのは、結局「国の保安院がOKしたから」・・・ということで「安全だ」とされることなどに関してです。
「福島」では「国も保安院も事業所も、全く信用できない」とあちこちで伺いました。
推進派ばかりの委員会がものを申してきたわけですから、今回のことで「安全神話崩壊」、「それ見たことか」とばかりに一気に批判噴出・・・当然です。(私は「御用委員」で物事を進めることが大嫌いです。反対派も委員会に加えたら、とか、市民とのディスカッションの場の設定なども提言させていただきました)
また何より、情報の出し方で不信が広がっています。(このことも日本原燃で述べさせていただきました)
都合のいい情報ばかり出しているのではないかという懸念は、誰の何を大事に思った情報の出し方かという疑念につながります。本当に被災者のことを第一に考えているのかという不信です。
現状、このような不信渦巻く中で、「国のOK」がどのくらい妥当なのか・・・・これは国で伺うことにします。

大きな課題です。果てしなく調査が続きます。
でも、私は調査・研究が大好きみたい・・・。

原発考2

福島訪問に先立つ11日、福井県議会でも、原子力安全・保安院始め、県内原子力事業所の方々から、福島の原発災害を受けての対応を伺う「全員協議会」がありました。
電源喪失に対する電源者配置や、防潮堤見直しや設置など、一連の対応の説明を受けてから行った私の質問のポイントは、
①「もんじゅ」中継装置落下の、引き抜き作業に対し、県は「一刻も早く」ではなく「絶対の安全」を求めるべき。
②地震に対し配管強度は大丈夫か。(特にもんじゅ)
③水を注入するとして、その後、その汚染水は海に流すことになるのか。排水処理に関してどう考えているか。
④電力会社も、利益のためにオール電化などを進めてきたわけだが、今度は節電が必要となっている。今後の電力会社の姿勢は?
・・・です。
若狭湾には活断層もあるわけですから、プルトニウムや液体ナトリウムを扱うことのリスクや地震での配管損傷、環境汚染・・・が心配なのです。

その回答は、
①説明文書には「早く」と書いてあるが、「安全」前提の「早く」である。
②もんじゅの配管、760ガルに耐えられる。
③循環させることを考えている(若狭湾の原発についてお伺いしたつもりでしたが、福島の原発についてお答えいただきました。)
④電力会社は安定した電力供給を行うことが第一義。
・・・です。
再質問ができませんでしたので(時間がタイト)、私の危惧する点に関しては、今後引き続き、他の場で伺ったり、調査したりしていきます。

原発考1

現在進行形の原子力災害。
福島の方々のみならず、世界中の人々が一刻も早い収束を願ってやまないところです。

先週17日~19日は福島県議会の臨時議会を傍聴すべく、福島県に伺いました。
「これが原発のリスクだったのかと分かった。もう絶対にいらない。」
「原発で潤っていた分は、チャラどころかマイナス。何もかもなくした。」
「福島は原発は二度といらない。今後は自然エネルギーの研究拠点としてやっていきたい。それを、『福島モデル』として発信していきたい。」
「一日も早く、県外避難の県民の方々に、帰ってきていただけるようにがんばる。」
「とにかく、もとの生活に戻りたい。」
福島の方々のお声を伺うたびに、その深刻さに胸がつまります。
私の宿泊先には、南相馬市から避難されたご夫婦がおられ、不十分な情報の中、混乱しながら逃げる様子や、この先の当てのない猛烈に不安な心持などをお伺いしました。そして、「もう、泣くだけ泣いた。」「体重が数キロ落ちた。」とおっしゃいます。
タクシーの運転士さんは、国や電力事業所に何度も「なんていうことをしてくれたのか、元にもどしてくれ!」と、怒りの電話をしたそうです。
地元新聞社の方は「ともかく早く原発を止めてくれ!」とおっしゃいます。
善良な住民の方々が、どうしてこんなに辛い思いをしなければならないのか、あまりにも過酷、あまりにも無情と言葉をなくします。そのお声をうかがうつどに涙が出ます。

議会での自民党議員の質問です↓
「混乱は増すばかり。
悲しく、辛く、厳しく、辛い時期。
気持ちを胸に秘めながら、それぞれの環境の中で必死に耐え、がんばっている。
70日間、不安。原発が収束せず先が見えない。
国の政策というものが、本当に福島の地域を分かっているのか。
信頼できない。不安・混乱が大きくなってきている。
国がやらないというのなら、県がやるという気概が大事。県の姿が見えない。」
佐藤知事の答弁のメモです↓
「福島県では地震・津波・進行中の原発災害・風評被害の四重苦。災対立ち上げ、救助・支援など全力で対応してきた。130回の会議。そのたびに局面が変わり苦慮している。国・事業所に何度も何度も求め、モニタリングを実施、迅速に公表、相談窓口など必要と考えられるあらゆる対応をしてきた。
保障・無利子融資・特別立法の要望。政府の復興会議に歯ぎしり。
約10万人避難。戻りたいとの切なる悲願。
全力尽くす。」

福島の声は、真摯に受け止めなくてはなりません。

2011年05月13日

全国災害ボランティア議員連盟総会

ここ一両日は、大急ぎで延期してきた「全国災害ボランティア議員連盟 定期総会」&「研修会」の段取りをしています。31日衆議院会館にて開催。会長の長島衆議院議員や村井副会長との日程調整や、各地の役員に連絡、研修会内容の決定などなど・・・準備することはたくさんあります。
当日は、災害ボランティア担当首相補佐官の辻本清美議員も参加、原子力安全・保安院の方もです。
実際の現場での課題をしっかりまとめてお伝えしたいと思っています。

私は来週、東京へ立ち寄って、福島へ調査に行きます。
役員である吉田県議や、福島県内の会員議員のかたがたの様子やご意見を調査させていただきます。
原発で潤っていたであろう立地地域の、被災住民の方々の心境は、マスコミ報道だけではなかなか推し量れません。議会はどのように対応しているのか、どんな意見が出されるのか、臨時議会も傍聴予定です。

福島の原発は、最悪の状況です。
「メルトダウン」
・・・・・・・・・・・・・・
住民の皆様の生命と財産を、どのように守るのか、本当に大きな課題です。
福井は、真摯に学ばねばなりません。

2011年05月09日

青山のぼり

青山のぼり1.jpg

昨日は「青山のぼり」でした。
30~40分ほどのミニ登山です。
登り口が4か所ほどあって、各集落から近いところから登り、頂上の大杉広場で合流。
壮年会の「振る舞い鍋」や「ホルモン焼き」に舌鼓をうち、お楽しみ抽選会で盛り上がります。
岡本地区毎年恒例の行事です。
私もお弁当を持っていざ・・・と、気持ちは意気込んでいたのですが、登り口にたどりつくまでに足の筋肉が「疲れた?」・・・選挙でけっこう歩いていたはずなのに、息は切れるは眩暈はするは・・・。すっかり「歳」を感じ、やばい運動不足にあせりました。しばらくは安静の身ですし、来月の水上安全法の講習会や7月の市民体育大会・・・無理かもしれません。
ともあれ、新鮮な山の空気と山頂での楽しい歓談に、気持ちが和みました。
清々しい一日、そして、今日は筋肉痛の一日・・・です(^^;))

青山のぼり3.jpg
登山道途中の「双子杉」
青山のぼり2.jpg
根元で二つの幹に分かれています。

2011年05月07日

重機隊帰還

本日午前8時、「チームふくい」の重機隊が陸前高田より帰還しました。
キャンプでの宿営で活動したうえに、夜通しの運転でお疲れだったと思うのですが、その目の輝きに充実した活動だったことを感じ取ることができました。
テレビなどの映像で見るのと、実際の現場との「酷さ・深刻さ」の違い、また、彼らの活動による被災者の方々との涙の感動シーンもあったとのこと。
(私が語るより、彼らにどこかで語っていただければ・・・)
本当に、お疲れ様でした。

帰還小.jpg

面々小.jpg
総勢16名でした。(今立帰還の方々で「はい、チーズ!」)
ゼッケン小.jpg
「チームふくい」のゼッケンです。

2011年05月02日

初登庁

本日は、県議としての初登庁の日でした。
緊張・・・いやいや相変わらずそそっかしくて、はっと気づいたら服装に合わない靴を履いていて、あわてて福井駅近くで靴を購入(--;)) 「あ~~あ・・・↓」と落ち込みながら議事堂到着。
思いのほか大勢の報道カメラに囲まれて、すっかり引きつった笑顔で・・・。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nationwidelocalelections2011/27890.html

越前市議会とつい比較してしまうのですが、きれいな建物で、至れりつくせりの議会事務局の方々が大勢おられ、贅沢な環境ではあるけれど、空気はとってもシビアな感じです。
今日の感じでは、物事は最大グループが決めていくのではないかということが懸念されます。そう、私からすれば水面下・・・。
そしてまた、会議は最小にとどめたいとする向きがあるということもです。(議員なのに↓)
そんな中で私は、無所属議員という立場で思ったままの自由な発言がいったいどれだけできるか、まずは許される範囲を見極め、それを目いっぱい活用できるよう「努力」です。
(つくづく、活性化に向けて前向きだった越前市議会が懐かしい・・・。)

幸いにして、公明・共産でお一人ずつの先輩議員がおられます。いずれも論客とお見受けしました。
よいお手本です。
一人でやっていく術を、じっくり学ばせていただきます。

さて、目の前に大きな山があるので、ファイトが沸いてきました。
がんばろ~~↑↑↑