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2007年07月23日

ラジオ体操

朝6時半、
チャ・チャ・チャララン・・・と、おなじみの曲が聞こえてきました。
今日から夏休みです。ラジオ体操が始まりました。
さっそく外へ出ると、わが集落で児童のいる唯一、一軒のおうちの方がラジオをかけ、3人のお子さん、近所の大人たちを含む8名で、体操が始まりました。空気よし、鳥の声よし、体操はメタボリックにもよし・・・で、気持ちよく運動から一日をスタートする事ができました。

お子さんのおられるそのご家庭は、福井豪雨の後、うちの集落に入居された方です。
私が嫁いでから、減る一方だった中山間地の弱小集落(現在空き家を含め12軒)だったのですが、「田舎のよさ」を感じてくださって、入ってきてくださいました。これもグリーンツーリズムの流れのひとつなのかもしれません。

山間地域を保持するためには、そこに住む人が大切です。山や川、農地を守る「人」です。
しかし、その中山間地域に住む「山の人々」は過疎・高齢化しています。
限界集落問題も、クローズアップされてきています。費用対効果を求められる今の政策の流れからすると、過疎化した地域は「条件不利」なのです。
今後も耕作放棄、山林の世話の放棄などがさらに進み、「あと数年で、ここらもボロボロになる」実感が、地域には強いです。

そんな中、田舎に入居される方々が出てこられたことは、将来への明るい話題です。
彼等がいなければ、集落にラジオ体操の音楽も、子供の声も、響く事が途絶えていたわけです。
体操で近所の方と言葉を交わし、健康を確かめ合って一日をはじめる事の幸せを、あらためて感じた朝でした。

2007年07月18日

福井豪雨災害から3年

7月18日です。
あの豪雨からちょうど3年が経過しました。
あの日は新潟県三条市でボランティアセンター立ち上げ・運営の支援をしていました。朝にボランティアさんたちを現場に送り出し・・・っていうところに福井での豪雨の一報を受けました。時間雨量97ミリ・・・に驚愕し、大急ぎで現場に出たメンバーを呼び戻し、福井へ戻りましたた。
その途中の北陸道のパーキングで、私は現場を見ずして今立にボランティアセンターを立ち上げる事を決断。その決断は、私にとってそれまでで最大の「突っ張り」でした。
そこからは急ピッチでセンター開設に向けて走り回り、翌朝には今立の現地ボラセンを開きました。
なんだか遠い昔のようで、そこからの一ヶ月あまり、仲間とともに突っ走った一ヶ月あまりが、私の人生のピークであったと、当時も今も、そう思っています。

その後、町としてその被災時、そして復旧活動時の検証が不十分と考え、きちんと防災対策をしなくてはいけないと課題を抱え、それらがバネとなっての教員退職、議員立候補でもありました。
私の人生を大きく変えることになった「福井豪雨」・・・。
なければ、私は今も教員でしょう。

災害は、多くの人の人生を変えます。
あってほしくないものです。
でもそれが、この3年間だけでも次々と起こり、今も新潟・石川の地震被災地の皆さんを苦しめています。
その苦痛を少しでも軽減し、助ける事ができるのは、やはり「人の力」に他なりません。
困った時はお互い様・・。
あの時大勢の方々に助けられた越前市(旧今立町)の市民として、他の町で起こる災害に対し、できる限りの支援をしなくてはなりません。ご恩返しです。
一市民としての視点はもちろん、議員として市としての視点でも、しっかり考えていかねばならないと強く思うところです。

2007年07月16日

柏崎沖で強い地震

新潟、長野などの被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
また、被災地域行政等関係機関、災害緊急対応の各機関の皆様に敬意を表するとともに、ご活躍と安全を心よりご祈念申し上げます。
ふくい災害ボランティアネットBBS
http://8606.teacup.com/fukuinet/bbs

2007年07月14日

政治倫理条例

定例県会議で、議員提案の「県議会議員の政治倫理に関する条例案」が、記名投票の結果、賛成21、反対18で可決、成立しました。この条例の中の請負制限条項は、新聞によると、「都道府県議会では、最も厳しい内容」だそうで、第4条で、
「県議がかかわる企業が県発注事業の請負、業務委託の契約を辞退し、県民に疑念を抱かせることのないように努める」と規定されています。
県議が関わる企業とは、
・議員、配偶者または二親等以内の親族が役員を務める
・議員が資本金を3分の1以上出資
・議員が顧問料などの報酬を受領
・・・ということです。
「政治と金」問題に対し、身を律する政治倫理条例の成立に、拍手を送りたいと思います。
(※越前市議会では政治倫理条例で、議員が関わる企業の請負や商品納入に関し、「市民が疑念を抱くような有利な取り引きはしない」と規定しています。)

2007年07月08日

後継者と拉致問題

水安講習会の全日程を終了しました。
最後には、上達した受講者の方々の勇姿に目を細めつつホッと一息です。

さて、水安での次なる課題は、指導員の後継者育成です。
救助員養成講習を受講された方で、条件の当てはまる候補者のリストアップと、勉強会の計画・実行を考えていかねばなりません。
特に、嶺南地方の次世代若手指導員を誕生させることは急務です。(私が出向いてやっていられるのも、あと何年でしょう・・・)
今年中に勉強会をスタートさせられたとしても、上手くいって新指導員誕生は2年後!?
それからしばらくは一緒に講習会に出て、伝授すべきは伝授し・・と考えると、最短でも4~5年後までは、引退できないことになりますが、そんなにいつまでも、水着で人前に出たくはないっていうのが正直なところ・・・(T T)

さて、年配の指導員さんとそんな計画を話し合っていたら
「実は、指導員の後継者にと育てていた人たちが2名いたのだけれど、なくなられた方が1名、もう1人は行方不明になってしまい、『拉致されたのではないか?』と言われていて、認定候補にも入れてもらった。」
という話をされます。

私の教員新採用の赴任先は、小浜市の海辺の僻地校でした。
赴任してすぐに、
「カップルが一組、ここへ立ち寄ったのを最後に行方不明になった。気をつけるように。」
と市内のドライブインを指して言われたものです。 ← かの地村ご夫妻の事です。
私の両親も
「あの海辺を通っていて、よく拉致されなかったなあ・・・。」
と話す事もあるほど、今にすれば、当時「行方不明(拉致)」は別世界の事ではありませんでした。それが「拉致」だと分かったのはもっと後の事で、そのときは「神隠し」にでもあったような不思議な感覚で聞きとめていました。でも、実態は北朝鮮による「拉致」・・・許されざる暴力だったわけです。

もしもその行方不明になった方が「拉致」されたのだとしたら、その生活や未来、周囲の愛情や期待を、言われなき暴力で一瞬にして奪い去られてしまったことになります。
実態の解明と解決を、一刻も早くと思います。

水安の後継者育成の話が、拉致にまで及ぶとは、ビックリ・・・でした。

2007年07月06日

水安2、水安3

6月定例議会の終了以降も、給食問題は攻防戦を続けています。
舞台を現場や教育委員会、検討委員会に移して・・です。
激しい「攻防」なので、PTA、現場も含め、かなり消耗してきています。

そんな中、我が身は「赤十字水上安全法講習会」の2会場目「若狭町」、3会場目「美浜町」で、講習を行なっています。

若狭町では3日間の講習中お日様が射さず、水温24℃のプールの中で、1日4時間近くの講習を行ないました。
「寒い!」「冷える!」の連続でしたが、終わってみれば心の中は暖かでした。
約30名の受講者は、パワフルで実直な浜の男性達が中心だったのですが、一生懸命練習する姿や豪快・明快な話しっぷりに、逆にこちらがエネルギーを頂きました。
町役場の担当の方も熱心で、順調に人材育成が出来ていると感じました。

今日からは美浜町、今日はお天気が良く、水温は27℃です。3℃違いでかなり楽に泳ぐ事ができます。
帰りがけに指導員仲間に頂いたサザエを、帰宅後焼いて食べました。
おいしいわかめを食べて育ったと食してすぐ分かる、尻尾までとってもおいしいサザエと浜の仲間のお心遣いに、やっぱり多大なるエネルギーを頂きました。

疲れた心身を癒すのは、「人の心」であると、しみじみ実感しています。

2007年07月01日

6月議会終了

今議会は、「3校の共同調理場方式(親子方式)の現状に問題がある」ということを認識していただく事が私の目的でした。
請願を採択したものの、その後「検討会」に綱を投げられ、理事者に「自校式給食室実現」の気が無いと感じられる事が他にあったからです。
「現状に問題が無い」と言う事が前提となると、理事者が集めた検討会の方向性も自ずと決まってくるので、話し合いが進んでしまう前の「今」の時期に、私の掴んだ問題点を指摘するしかないとふんだからです。
これまでは、あえて問題点を挙げず「自校式給食」のよさを述べてきたのですが、今回は「共同調理場方式の現状の問題」というマイナスの部分を言いましたから、当然、波紋は大きいです。第2ラウンド「教育厚生委員会」では、教委からの反撃がありました。
①受配校(小学校側)で給食を受け取る時には「65℃」ある
②検食簿は校長の主観で書かれているので信憑性に疑問がある
③トラブルは改善されてきている
というものでした。
私は「納得できない」「調査する」と延べ、委員会終了。
その後①~③に納得できない理由を述べるために、裏づけ調査に走りました。
でも残念ながら、私の調査報告をする場がなく、休会中に委員会を開いて議論をする事になりました。
私の調査報告は
①食す児童に提供されるまで「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく」保たれるべきで、「受配校搬入時65℃以上あるから、後は冷えても仕方が無い」というものではない。
搬入後の保管に関しても、ちゃんと温度管理する必要がある。
②検食簿の感想等、検食責任者の感想を書くわけだから、主観で構わない。
③トラブルの頻度は少なくなったが、改善は、レイアウトを改善した以外は調理員さん方の無理に無理を重ねた努力の上に成り立っている。根本的な「人出が足りない」「時間が足りない」の解決になっているとは思わない。調理員さん方がもっとゆとりを持って2行程で調理できる環境を作らない限り、安全性が保障されたとは言えない。
などです。
そして、根本的な現状の問題解決及び、地域・学校の願いである「自行方式給食室実現」ということを考え合わせれば、やはり目指すべきは「自行式給食室」である・・・ってことです。
次の話し合いを待つとともに、議会以外のほかの角度からも、上記働きかけを行なって行きたいと思っています。