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2006年11月23日

教育視察

21日~22日と、私の属する会派「新世紀・市民派ネットワーク」のメンバー7人で、県外視察に行きました。企画は私、「教育先進地視察」ということで、西日本の教育をリードする京都市へ行きました。京都の進める教育は、私の目指すもので、地域と学校が一体となった地域コミュニティースクールの理想形です。地域が学校の支援を行い、学校は地域に「本物」を学びます。福井でもコミュニティースクールの取り組みは行なっていますが、部分的な交流で終わる事が多いです。
 1日目には、京都市の取り組みを教育委員会で教えていただきました。3時間以上にわたる各課の説明や、教員の支援をするカリキュラムセンター見学では、教育委員会の職員の、教育にかける情熱を感じました。現実の子どもや教員の問題を直視し、きっちりと手立てをうっている姿勢は、真摯で自信あふれるものでした。(今、越前市の教育委員会で、教育についてこれだけ熱く語れる人が、はたしているだろうか・・・。)
 2日目には、特にそれを中心的に行なっている御池中学校、御所南小学校、高倉小学校の研究発表会に参加。町ぐるみで本気で取り組んだ研究を学ぼうと、全国から1000人を超える先生方が学びに来ていました。結果、地域の大勢の方々が学校を支援し、きめ細やかで深い教育を行い、その素晴らしさを世間が認め、その校区への移転希望者が増え、地価が上がった・・・というほどです。
 学校は地域の要。いい教育は街を変えると確信して、視察を終えました。
それにしても、うちの会派の議員の皆様は、ハードな研修行程にもかかわらず、熱心にしっかり学んでくださいました。頭が下がります。

2006年11月17日

戦いの最中です

現在、「自行方式給食室復活」で戦いの最中です。
住民活動の後押し、調整、調査、交渉・・・。
給食室がなくなったときは一方的に結論を飲まされ(H16)、その後復活を求める声をあげても届かず(H17)、学校改築の今回(H18)が当面の復活ラストチャンスかと思い、頑張っている次第です。
それにしても、PTAでアンケートをとり、既成同盟会で声を上げ、要望書を提出に行き・・・それでも声が届かないとはどういうことでしょう!
特に南中山小学校の要望書は受け取ってもらえず、書き換えを指示されるなんて言語道断だと怒っています。
「住民から要望が出ていないから」
「今要望を出すと工期が遅れるから」
・・・
次々いろんなことを言われ、それらに対応してきて、挙句「遅い」ではやりきれません。
なんとかこのPTAの声を聞き届けてもらえるようにと走り回っています。

教育委員会でのやり取りは、「戦い」です。

2006年11月12日

障がい者と考える防災

敦賀市の「あいあいプラザ」で、防災の後援会を行ないました。
障がい者の方や、ケアマネージャー、赤十字奉仕団、民生委員さんなど福祉関係者の方々が対象です。
福井豪雨の時の状況から、「自助・共助」の大切さを感じていただき、早めに情報をつかみ避難するため役に立つ知識をご紹介(雨量や河川情報の目安や、発令される避難情報など)、次にその後進んできた「災害時要援護者対策」の現状などを話しました。
ステージの隣で、要訳筆記と手話通訳をされているので、いつもよりぐっとゆっくり話しました。
ゆっくり語ると、笑いを差し込むのが難しいと思いました。
真面目~に1時間、でも、熱心に話を聞いていただけて、ほっとしています。
敦賀の行政の方が、身を乗り出して聞いてくださったのですが、もしかしたら、「こういうやり方がありますよ」「こういうやり方はよくないですよ。」って、行政担当の方対象に話してしまっていたかもしれないなあ・・・。

ところで、私の講演は、基本的にパワーポイントを使ったうえで話します。
議会も、パワポ、使えるといいのになあ・・・。

2006年11月07日

夜回り先生の講演会

今夜は夜回り先生こと水谷修先生の講演会でした。
実行委員としてこれまで準備に携わってきたのですが、満員の会場と熱心に話に聞き入る人の様子に感無量。
講演会が始まる前に、少しお話しする機会がありました。
私が、社会の仕組みを変えなければ酷くなる一方の子どもを取り巻く問題に歯止めがかけられないと思って、教師から議員に生き方を変えたことを話し、今何をすべきか水谷先生のご意見を伺いました。すると
「簡単ですよ。高校を中退したり引きこもっていたりした子ども達の、フォローをすればいいのです。」
とおっしゃいます。
その言葉を、就職支援や生活支援・・・学校との関係がなくなった時、行き場やよりどころを失い闇の中に落ちていく子達に、手を差し伸べられる仕組みを作ることだと、私は捉えました。「簡単」なのだろうかと、愛護センターや児童相談所、保健所、ジョブカフェなど、今ある各種関係組織を頭に思い浮かべました。現実的にいい支援が出来る形を、よく考えて、何らかの提言できるように勉強しなくては・・・と思いました。
「今日は怒っているのですよ。だから、厳しい内容になります。」
ともおっしゃっておられました。
表面的には見えにくい、福井の若者の薬物や援助交際、売春などの実例を、水谷先生はたくさん掴んでいるからです。
実は私も、よく目をこらしてしっかりと直視しなくてはならない世界があることを、補導などを行なってきているので知っています。
その問題にしっかり切り込んで行けと、水谷先生のまなざしが語っているように感じました。

2006年11月02日

赤十字第3ブロック災害救護訓練

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日曜日は、赤十字第3ブロック(中部地区)訓練が、福井赤十字病院で行なわれました。
9時に地震発災想定。負傷者多数ということで、3ブロの支援を受けて、赤十字病院ロビーで応急救護の訓練を行ないました。
私は救護奉仕団として参加。うちのメンバーは、傷病者役や傷病メイクのお手伝いなど、裏方の仕事を行ないました。
いい訓練になるかどうかは、傷病者の設定如何で大きく左右されます。
傷病者の出番は12時からですが、朝8時半には、メイクとボランティア傷病者の方々への方法説明&演技指導をスタートしました。
メイクを担当してくださったのは、岐阜の村瀬さんという、この道のパイオニアの方です。
100人分ほどのメイクを、手際よくこなします。
うちのメンバーもGOOD! 自然とその補助に入り、すぐさま優秀なスタッフ・・・って感じで手伝い始めました。私は全体の場の仕切り役。
本番に入ってからは、傷病者の送り込みを行ないました。
院内訓練で、トリアージエリアは病院入り口(3m四方くらい)です。
狭いので、大勢でいっても前衛に抑止されます。救命士である(指導員)傷病者は、それでもさすが!搬送途中で「うおっ!」っと嘔吐したり暴れたり・・・。現場をよく知っているからこそ出来る、リアルな演技で感心させられました。
3時間近くに及ぶ訓練でへとへとになりましたが、救護班のいい訓練になったかなあと思いつつ、それ以上に、何度も何度も傷病者役で動いてくれたボランティアさんに、心より感謝です。